各方面からの評価
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/14 17:18 UTC 版)
この手法について、現役最晩年に野村の下でプレーしていた八重樫幸雄は「いろいろな監督のもとで野球をやってきたが、野村さんくらいベテラン選手の心境に配慮をする監督は他にはいなかったであろう。野村さん自身が南海時代の兼任監督からロッテに移ってうまく使ってもらえなくて、すぐにまた西武に移籍したりして選手生活の晩年は恵まれなかったことがあるから、そういう考えができたのではないか」と考察している。 日本経済新聞出版社が発行した、「プロ野球 平成名勝負」の著者で日本経済新聞社の編集委員でもあった篠山正幸は、1996年に広島東洋カープを自由契約選手となった小早川毅彦を翌1997年にヤクルトスワローズが獲得し、野村はその年の開幕戦のクリーンナップに小早川を起用し、3打席連続の本塁打を記録してチームの開幕戦勝利に貢献させたことを「野球のエリートのプライドと戦力外通告の屈辱の化学反応のエネルギーを、野村監督は巧みに引き出した」と野村再生工場の炸裂を評し、また小早川個人に対しても「監督自身の経験から、ためこんだものに十分な火花になることを確信していたのだろう」とコメントを寄せていた。 また、上記の江本は「『再生工場』は「男気」と「理論」の結晶」と語る。 しかし、野村と確執のあったヤクルトの元スカウト片岡宏雄は自著で選手を使い捨てにした野村再生工場と称し「いま欲しい人材を急造し、チームにはめ込む。他球団で結果の出なかった選手は生き残りに必死だから、ある程度の結果を残す場合もある。だが、それも持って一・二年だ。そのあと、そのポジションにぽっかり穴が開いてしまうのだ。同時にこれは選手の使い捨てにも繋がる。勝利のために人をもののように扱うまさに『工場』なのだが、スカウトからすると、どこかやるせない気持ちになったものだ。」と独自の理論で批判を展開している。
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