十円洋銀貨 (1950年(昭和25年))
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「臨時補助貨幣#昭和24年 - 26年制定の円単位臨時補助貨幣」も参照 1950年(昭和25年)には十円洋銀貨と呼ばれるニッケル合金の洋白製十円硬貨が制定され、翌1951年(昭和26年)にかけて十円紙幣(A十円券)に代わるものとして製造された。表面には茶の花と「十円」の文字、裏面には旧字体による「日本國」の文字、製造年の表記、中心の穴を取り囲む線模様が配された図柄となっている。しかし朝鮮戦争によりニッケル価格がトン当たり約410万円まで高騰したため、1951年(昭和26年)5月31日には「ニッケル等使用制限規則」(通商産業省令35)が制定され、大蔵省はニッケルを民需に廻すのが望ましいとの要請を受け、退蔵防止のため製造数をある程度確保するまで造幣局に保管されていた硬貨は結局発行されなかった。この十円洋銀貨は不発行であったゆえ法定通貨の資格を得ることはなかった。その後、材質・デザインともに変更されて製造・発行されたのが、本項の十円青銅貨(ギザ有)である。 十円洋銀貨は、現行の五円硬貨や五十円硬貨と同じく中央に穴が空けられている。発行されることなく製造が中止された不発行貨のため、資料用として残された分以外は全て溶解処分された。資料用に残された物は当時の大蔵省や造幣局の関係者(それらに縁のある人物含む)、熱心な収集家など、ごく一部の者しか所有していない。 なお、第二次世界大戦後に製造された硬貨で、様式の官報告示や製造が行われたものの実際に発行されなかった硬貨はこの十円洋銀貨のみである。
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