主礼拝堂とは? わかりやすく解説

主礼拝堂

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/19 09:00 UTC 版)

サンタ・マリア・ノヴェッラ教会」の記事における「主礼拝堂」の解説

トルナブォーニ家の礼拝堂とも呼ばれる主礼拝堂は、サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂中央大祭壇の背後位置している。中央の十字架磔刑≫はジャンボローニャによるブロンズ彫刻である。内陣にはドメニコ・ギルランダイオによるきわめて貴重なフレスコ画連作残されており、ギルランダイオ工房にいた若きミケランジェロ・ブォナッローティも制作携わった考えられている。左右壁面には≪聖母マリアの生涯≫と≪聖ヨハネ生涯≫が、15世紀当時フィレンツェ身だしなみをした実在人物像注文主やその家族)で表されている。後方壁面には≪異教の本を葬るドメニコ≫、≪聖ピエロ殉教≫、≪受胎告知≫、≪砂漠聖ヨハネ≫が表されている。穹窿天井には四人福音記者の姿がある。多色ステンドグラスギルランダイオ意匠基づいてアレッサンドロ・アゴランティにより1492年制作された。

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主礼拝堂

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/19 09:03 UTC 版)

サンタ・クローチェ聖堂 (フィレンツェ)」の記事における「主礼拝堂」の解説

主礼拝堂の中央掲げられ十字架無名の「フィリーネの画家」の作品である。多翼祭壇画数人画家による合作であり、聖母を表す中央パネルはニッコロ・ジェリーニ、左右パネル描かれ教会博士たちはジョヴァンニ・デル・ビオンドと無名画家よる。 主礼拝堂を飾るフレスコ壁面は、1380年頃にアーニョロ・ガッディにより描かれ、≪聖十字架発見≫を表しており、右壁面上部から下部へと物語展開する。 右壁面 大天使ミカエルセト知識木の枝与えセトアダムの墓に木を植え大きくなった木で建設し、このシバの女王ひざまずきソロモンケタを外させ沈めイスラエル人がこの木を見つけ、これで十字架作る 聖女ヘレナが土を掘らせ、聖なる十字架発見する 左壁聖女ヘレナエルサレム聖十字架持ち帰る ペルシャホスローエルサレム占拠し十字架奪い民衆からあがめられる 東ローマ皇帝ヘラクレイオスの夢 東ローマ皇帝ヘラクレイオスホスローの首を斬らせ、エルサレム聖十字架持ち帰る ステンドグラスアーニョロ・ガッディ意匠よる。

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