世界的な成功(1976年 - 1979年)
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1976年、バンドはアトランティック・レコードと世界規模のレコード契約を結ぶ。これによりバンドはレインボー、キッス、エアロスミス、スティクス、ブルー・オイスター・カルトらの前座としてイギリス、ヨーロッパのスタジアムクラスの会場をサーキットすることとなる。1976年9月28日には「ハイ・ヴォルテージ」と「T.N.T.」の楽曲から再構成されたコンピレーション・アルバム『High Voltage』をアトランティック・レコードから全世界でリリース、現在まで600万枚以上を売り上げている。同年には、早くも次のアルバム『悪事と地獄(Dirty Deeds Done Dirt Cheap)』をリリース。このアルバムは現在流通している通常盤の他にオーストラリア盤が存在し、ジャケットと収録曲がそれぞれ異なっている(なお、このアルバムがアメリカでリリースされたのは1981年であり、その前年に発売され、売れに売れていた『バック・イン・ブラック(Back in Black)』の余波を受けて、この作品もロングセラーを記録している)。この様なバージョン違いの存在は、次のアルバム『ロック魂(Let There Be Rock)』まで続いている。 『ロック魂』のレコーディング終了後、アンガス・ヤングとの不仲が原因でマーク・エヴァンスが解雇され、後任としてクリフ・ウィリアムズ加入。 AC/DCは、1977年にミシガン州のFlint's Capitol Theaterでアメリカでの初ライヴを行った (前座はMC5)。 1978年、クリフ・ウィリアムズ加入後初のアルバム『パワーエイジ(Powerage)』をリリース。同アルバムに伴うツアー中にグラスゴーのアポロシアターでレコーディングされたライヴ盤『ギター殺人事件(If You Want Blood)』を同年にリリース。ファースト・アルバムから続いたHarry Vandaとジョージ・ヤングによるプロデュースは、このアルバムまでとなる。 1979年、6枚目のアルバム「地獄のハイウェイ(Highway To Hell)」 をリリース。プロデューサーは、ジョン・マット・ラング。このアルバムはアメリカで発売された最初のアルバム(最高位は17位)で、彼らの出世作。また、その後の音楽性の礎ともなっており、AC/DCのバンドサウンドが完成されたアルバムである。バンドが世界的な人気を得るのは、もはや時間の問題であった。
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