ペリーの黒船
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/20 01:08 UTC 版)
詳細は「黒船来航」を参照 幕末に浦賀へ来航したペリーの艦隊の軍艦も黒船と呼ばれた。日本に蒸気船が来航したのはこのときが初めてであったため、しばしば黒船=蒸気船というイメージがあるが、上述の通りそれ以前から来航している西洋帆船は総じて黒船と呼ばれていた。またペリーの黒船のうち蒸気船は半数程度であり、2度とも残りのは純粋な帆船である。またこの当時の蒸気船は、蒸気機関を使った航行は港湾内のみで行うものであり、外洋では帆走を用いる。艦体も鉄製というイメージがあるが、実際は全木製である(その後、木製軍艦への鉄製装甲の付加、さらには全鉄製軍艦への移行が急速に進んでおり、幕府もそういった軍艦を購入している。それと混同したものと思われる)。 1853年に浦賀沖に来航した艦隊(四隻)蒸気外輪フリゲート: サスケハナ (USS Susquehanna) 、ミシシッピ (USS Mississippi) 帆装スループ: サラトガ (USS Saratoga) 、プリマス (USS Plymouth) 1854年に横浜沖に再来航した艦隊(九隻)蒸気外輪フリゲート: サスケハナ、ポーハタン (USS Powhatan) 、ミシシッピ 帆装スループ: サラトガ、マセドニアン (USS Macedonian) 帆装輸送艦: サザンプトン (USS Southampton) 、レキシントン (USS Lexington) 、バンデーリア (USS Vandalia) 、サプライ (USS Supply) サスケハナ - 1853/1854年来航 ミシシッピ - 1853/1854年来航 サラトガ - 1853/1854年来航 ポーハタン - 1854年来航
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