ピアニスト活動
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川村はピアニストとして、日本の西洋音楽の初期の受容において、とりわけフランス近・現代の作品や、シェーンベルク等の現代音楽作品の演奏と紹介に貢献した人物である。また歌曲や合唱曲の伴奏者としても知られた。東京芸術大学に学び、この頃、山田耕筰より直接に指導も受けている。 1940年代から1950年代、福澤アクリヴィの来日の際に主たるピアノ伴奏者をつとめた。この時、福澤と川村は、1950年代の日本においてはほとんど知られていなかったフォーレ、ドビュッシー、フランクの歌曲などを演奏している。 特筆すべきは1954年8月3日、実験工房主催により指揮者入野義朗、福澤アクリヴィらとともにシェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」の日本初演を行ったことである。その後、同じメンバーにより同年10月9日にやはり実験工房主催の演奏会で、公開初演もされた(山葉ホール)。1954年8月3日の放送初演の記録は幸いにも残されており、2001年にビクターよりCD復刻されている。 1964年にTBSの委嘱で作曲された高田三郎の混声合唱組曲「水のいのち」の初演の際、川村深雪はピアノ伴奏をつとめている(この時の演奏は日本合唱協会、指揮者は山田和男である)。また同じ年の1964年に、中田喜直作曲の混声合唱組曲「昇天」を演奏している。 中田喜直「六つの子供の歌」「昇天」、高田三郎「水のいのち」により、川村深雪は芸術祭奨励賞を受賞。1970年には、ソプラノ歌手伊藤京子による「中田喜直歌曲集」のピアノ伴奏で芸術祭優秀賞も受賞している。 1981年には「琴とピアノのための幻想曲“周桜”」を作曲。1983年に創価大学第4次訪中団として、北京その他で同曲を演奏している。
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