パレスチナのキリスト教
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/27 07:31 UTC 版)
パレスチナのキリスト教(アラビア語: المسيحية في فلسطين, ラテン文字転写:al-Masīḥīya fī Filasṭīn, アル=マスィーヒーヤ・フィー・フィラスティーン; ヘブライ語: נצרות בפלסטין, Natsrut bi-Falastin[注 1])では、広義のパレスチナ地域、すなわち現在のイスラエル国と、多くがイスラエル政府による占領・実効支配下にあるパレスチナ国(パレスチナ自治区)におけるキリスト教、そしてパレスチナ人キリスト教徒(アラビア語: مسيحيون فلسطينيون, Masihiyun Filastiniyun[注 2])について記す。
注釈
- ^ より詳しい表記では、ヘブライ語: נַצְרוּת בְּפָלַסְטִין, natsrút bifalastín
- ^ より詳しい表記では、masīḥiyyūn filasṭīniyyūn
- ^ 「古代イスラエル」、「イスラエル王国」、「イスラエル (民族)」も参照。
- ^ a b c d e 東方諸教会、451年のカルケドン公会議の裁定を不服として分離した非カルケドン派正教会の一派。
- ^ 西方典礼とほぼ同義語。第2バチカン公会議後の1969年に発布された「新しいミサ」の導入まで、東方典礼カトリック教会を除くローマ・カトリック教会は、ミサなどの典礼を世界中で全てラテン語で行っていた。
- ^ a b 東方典礼カトリック教会とは、東方教会の典礼様式や各地の典礼言語などの諸風習を保ち、一定の自治権を認められつつ、ローマ教皇の首位権を認めて教皇庁の傘下に入り、教義としてはローマ・カトリック教会と同一となった教会の総称。
- ^ アッシリア東方教会は、431年のエフェソス公会議において異端として排斥され、サーサーン朝ペルシア帝国領内へ亡命したネストリウス派の流れを汲む東方諸教会の教派。
- ^ a b c 東方典礼カトリック教会[注 6]の一派。
- ^ a b c アッシリア人とは、古代には中東圏で広く話されたアラム語の末裔であるアッシリア現代アラム語、カルデア現代アラム語や古典シリア語を母語あるいは教会での典礼言語とし、アッシリア東方教会[注 7]やカルデア典礼カトリック教会[注 8]、シリア正教会[注 4]などを信奉するキリスト教徒で、おもにイラクやシリアに古代から住む先住少数民族の総称。なお、アラム語はイエスが使った言語と考えられるのが定説となっている。
- ^ ここでいう「シリア人」とは、現在のシリア・アラブ共和国出身のアラブ人(英: Syrian people)という意味ではなく、アラム語系統の言語を用いるキリスト教徒である「アッシリア人」(英: Syriac people, Syriacs)[注 9]のことを指している。
- ^ 特に断りのない表中のデータは“Christians of the Middle East”[2]による。
- ^ 様々な総人口・割合のデータがある。ここでの総人口・割合は“CIA - The World Factbook”[15]に拠った。
- ^ a b c ラテン語: Via Dolorosa(悲しみの道)と呼ばれ、イエスが受難の際に十字架を負って裁判の地ローマ総督府から「ゴルゴタの丘」(磔刑の場所:現在の聖墳墓教会)まで歩いたと伝わる道。
- ^ ラテン語: Stella Maris は「海の星」を意味し、聖母マリアの称号の1つ。「アヴェ・マリス・ステラ」というラテン語讃歌もある。
- ^ カスル・エル・ヤフドからヨルダン川を隔ててすぐ対岸のヨルダン王国側・アル=マグタスの方が本来のイエスの洗礼地(『ヨハネによる福音書』第1章28節)とも。
- ^ 手前右の教会がアルメニア典礼カトリック教会のエルサレム=アンマン総大司教代理管区庁、手前左寄り・三日月印を冠したミナレット(尖塔)がイスラム教のモスク、中央遠方に見えるメノーラー(七支燭台)の印 がユダヤ教のシナゴーグ。エルサレム旧市街のイスラム教徒街区とキリスト教徒街区を貫通するヴィア・ドロローサ[注 13]の一角。写真は、イスラム教徒街区とキリスト教徒街区のちょうど境目。
- ^ 手前が万国民の教会(ローマ・カトリック)、右奥がマグダラのマリア教会(在外ロシア正教会)。
- ^ 降誕教会の地下洞窟もそうであるが、パレスチナにおいてキリスト降誕の場所は、いわゆる「馬小屋」ではなく、岩の洞窟であったと考えられている。現代でも、この地域の遊牧民(ベドウィンなど)(参考画像)は、崖の洞窟(参考画像)に羊などとともに宿営する。
出典
- ^ a b c d e f g h i j k l m n 聖地のパレスチナ人キリスト教徒|中東理解研究所(IMEU)(英語)
- ^ a b c d e f 中東のキリスト教徒に関する事実と数字|ThoughtCo.(英語)
- ^ クストーディア・テレ・サンクテ - 聖地信託事業:聖地に仕えるフランシスコ会|エルサレム聖救世主修道院(英語)
- ^ Farsoun, Samih (2004). Culture and Customs of the Palestinians(英語)
- ^ 聖地のキリスト教徒|フランシスコ小さき兄弟会,サンティアゴ(スペイン語)
- ^ ハマス党の政権掌握以来悪化しているヨルダン川西岸地区のキリスト教徒の状況|カトリック・ニュース・エージェンシー(英語)
- ^ a b c パレスチナ出身のアッシリア人歌手、ヤクーブ・シャヒーンがアラブ・アイドルを魅了|アジャム・メディア・コレクティブ(英語)
- ^ a b “世界宣教祈祷課題(9月4日):アラブ首長国連邦(UAE)”. クリスチャントゥデイ (2020年9月4日). 2021年10月1日閲覧。
- ^ a b 日本聖公会東京教区サイトのコラム
- ^ “孤立深まるパレスチナ 「実利」優先でアラブ諸国がイスラエルと国交樹立”. 東京新聞 TOKYO Web (2020年9月20日). 2021年10月1日閲覧。
- ^ カトリック教会、フランスとシオニズム:1895-1904|ゲインズ・ジャンクション(英語)
- ^ “ローマ法王、シオニストのガザにおける犯罪を非難”. アフルルバイト(a.s) ニュースエージェンシー (2018年5月16日). 2021年10月12日閲覧。
- ^ 「反シオニズム#ユダヤ人共同体内部における反シオニズム」を参照。
- ^ “Ultra-Orthodox & Anti-Zionist”. My Jewish Learning. 2021年10月2日閲覧。(英語)
- ^ a b CIA - The World Factbook - ウェイバックマシン(2007年6月12日アーカイブ分)(英語)
- ^ “Love and admiration in Sweden for Aramean star Yacoub Shaheen”. Bahro Suryoyo (2017年3月25日). 2021年10月7日閲覧。(英語)
- 1 パレスチナのキリスト教とは
- 2 パレスチナのキリスト教の概要
- 3 分布と教派別人口
- 4 脚注
- 5 外部リンク
- パレスチナのキリスト教のページへのリンク