パラダイム概念の学説史的意義
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「パラダイム」の記事における「パラダイム概念の学説史的意義」の解説
しかし、こうした実証主義の科学論は1960年代から徐々に疑問にさらされるようになってきた。その先鞭をつけたのが、ノーウッド・R・ハンソン(Norwood R. Hanson)である。ハンソンは、観察の概念を再検討し、観察を、感覚データを受動的に知覚するだけの単純な経験ではなく、理論的背景や先行的知識をもとにして事象を意味付ける能動的行為であることを明らかにした「観察の理論負荷性」テーゼを提唱した [Hanson1963=1986]。このテーゼに従えば、「生の事実」とか「堅固な事実」といった概念、あるいは公正中立な観点から得られた純粋無垢なデータと理論の間に、検証ないし反証の手続きを介在させることによって非対称的な関係を想定していた実証主義的な科学論は、大きな打撃を受けざるを得ない。 こうした「旧い」科学論の崩壊に、いわば最後の一撃であったのが、クーンのパラダイム論の「一般的受容」の効果である。つまり、理論は観察事実によって反証されるのではなく、理論に反する観察事実があろうとも、理論は維持され得るし、理論を打ち倒すのは別の理論である ―― というパラダイム論の一般的受容は、クーンの論述それ自体が詳細な科学史的事例の分析に依拠する堅実な方法に基づいていたために、かなりの衝撃をもって受け止められ、また激しい論争が惹き起こされもした。いずれにせよ、クーン以後の科学論は、社会的・心理的次元を含めた広い次元を扱うようになると同時に、科学の「あるべき姿」ないし、なにものかの「あるべき姿」の仮託としての科学を語る規範的アプローチを断念し、科学の「実際にある姿」を問題とする記述的(?)アプローチに転じた。自身の意図はともかくも、クーンのパラダイム論は、科学としての科学を主題とする科学論の成立の上で一つの画期となったのである。
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