ドック・リバースとは? わかりやすく解説

ドック・リバース

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/04/13 14:12 UTC 版)

ドック・リバース
Doc Rivers
フィラデルフィア・76ersHC時代のリバース
(2022年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国
生年月日 (1961-10-13) 1961年10月13日(64歳)
出身地 イリノイ州シカゴ
身長 193cm (6 ft 4 in)
体重 95kg (209 lb)
キャリア情報
高校 プロビソ・イースト高等学校
大学 マーケット大学(英語版)
NBAドラフト 1983年 / 2巡目 / 全体31位
プロ選手期間 1983年–1996年
ポジション PG
指導者期間 1999年–現在
経歴
選手時代:
1983–1991 アトランタ・ホークス
1991–1992 ロサンゼルス・クリッパーズ
1992–1994 ニューヨーク・ニックス
1994–1996 サンアントニオ・スパーズ
コーチ時代:
1999–2003 オーランド・マジック
2004–2013 ボストン・セルティックス
2013–2020 ロサンゼルス・クリッパーズ
2020–2023 フィラデルフィア・76ers
2024–2026 ミルウォーキー・バックス
受賞歴

選手時代

コーチ時代

NBA通算成績
得点 9,377 (10.9 ppg)
アシスト 4,889 (5.7 apg)
スティール 1,563 (1.8 spg)
Stats  NBA.com
Stats  Basketball-Reference.com
Coaching Stats  Basketball-Reference
代表歴
キャップ アメリカ合衆国
獲得メダル
世界選手権
1982 コロンビア

ドック・リバース(Doc Rivers)ことグレン・アントン・リバース(Glenn Anton Rivers,1961年10月13日 - )は、アメリカ合衆国イリノイ州シカゴ出身の元プロバスケットボール選手であり、現在は指導者。「ドック」は愛称であり、現役時代に「ドクターJ」ことジュリアス・アービングのTシャツを着てプレーしていたことに由来する。息子のオースティン・リバースも元NBA選手。

経歴

プレーヤー

1982年、バスケットボール世界選手権のアメリカ代表として出場して大会、マーケット大学を卒業し、1983年のNBAドラフトにて2巡目全体31位でアトランタ・ホークスから指名されてNBA入り。ルーキーシーズンから先発を任され、その後の7年間、怪我による離脱を除いてアトランタの先発ポイントガードの座を守り抜いた。リバースとドミニク・ウィルキンスのコンビは上手く機能してチームは好調を維持し、1986-87シーズンにはリバース個人としても平均12.4得点10.0アシストの好成績を残した。この1986-87シーズンにアトランタ・ホークスで記録した823アシストは、2024-25シーズンにトレイ・ヤングに抜かれるまで、フランチャイズ記録であった[1]。その後、ロサンゼルス・クリッパーズ、ニューヨーク・ニックス、サンアントニオ・スパーズなどを転々とし、現役を引退した。

ヘッドコーチ

オーランド・マジック

1999年、リバースの監督としてのキャリアはオーランド・マジックで始まった。最初の年の好成績を受けて2000年のNBA最優秀コーチ賞を受賞する。その後3シーズンをオーランドのヘッドコーチとして過ごしたが、2003年、シーズン序盤の19連敗のうち10連敗の責任を取る形で解任された。

ボストン・セルティックス

NBAのコメンテーターを務めた後、2004年からボストン・セルティックスにヘッドコーチとして招聘された。2007-08シーズン、セルティックスはエースのポール・ピアースにケビン・ガーネット、レイ・アレンを加えて強力なビッグスリーを結成し、チームは大躍進を遂げる。シーズンを終わってみれば66勝16敗の好成績で勝率.805はチーム歴代最高勝率となり、ファイナルでは宿敵ロサンゼルス・レイカーズを下し、リバースは選手時代も含めて初めてNBAチャンピオンとなった[2]。また、黒人ヘッドコーチとしては、同じくセルティックスを率いていたK・C・ジョーンズ以来22年ぶりの優勝コーチとなった。2009-10シーズンにもチームをNBAファイナルまで導いたが、3勝4敗でレイカーズに敗れて優勝を逃した[3]。

ロサンゼルス・クリッパーズ

2013年、ドラフト指名権とのトレードでロサンゼルス・クリッパーズのヘッドコーチに転身[4]、ヘッドコーチ、球団副社長に就任した。レギュラーシーズンを57勝のフランチャイズ記録で乗り切り、第3シードでプレーオフに進み、1stラウンドを4勝3敗でゴールデンステート・ウォリアーズを倒し、オクラホマシティ・サンダーとのカンファレンスセミファイナルへと駒を進めた。第5戦で逆転負けを決定づける判定に関わり、審判を批判するコメントを発表し、リーグから25000ドルの制裁金を課され、チームは第6戦で力尽きた。 2015年1月15日、リバースは副社長として戦力補強に乗り出し、フェニックス・サンズ、ボストン・セルティックスを相手に三角トレードを敢行。ニューオーリンズ・ペリカンズからセルティックスに放出されていた実の息子オースティン・リバースを獲得し、周囲を驚かせた。因みにNBA初の親子鷹になる。

フィラデルフィア・セブンティシクサーズ

ミルウォーキー・バックス

2024年1月24日、ミルウォーキー・バックスと2027年までの契約でペットコーチに就任したことが発表された[5]。2024-25シーズンのNBAカップではオクラホマシティ・サンダーを破って優勝、2007-08シーズン以来のタイトルを獲得した。

個人成績

略称説明
  GP 出場試合数   GS  先発出場試合数  MPG  平均出場時間
 FG%  フィールドゴール成功率  3P%  スリーポイント成功率  FT%  フリースロー成功率
 RPG  平均リバウンド数  APG  平均アシスト数  SPG  平均スティール数
 BPG  平均ブロック数  PPG  平均得点  太字  キャリアハイ

NBA

レギュラーシーズン

シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG PPG
1983–84 ATL 81 47 23.9 .462 .167 .785 2.7 3.9 1.6 .4 9.3
1984–85 69 58 30.8 .476 .417 .770 3.1 5.9 2.4 .8 14.1
1985–86 53 50 29.6 .474 .000 .608 3.1 8.4 2.3 .2 11.5
1986–87 82 82 31.6 .451 .190 .828 3.6 10.0 2.1 .4 12.8
1987–88 80 80 31.3 .453 .273 .758 4.6 9.3 1.8 .5 14.2
1988–89 76 76 32.4 .455 .347 .861 3.8 6.9 2.4 .5 13.6
1989–90 48 44 31.8 .454 .364 .812 4.2 5.5 2.4 .5 12.5
1990–91 79 79 32.7 .435 .336 .844 3.2 4.3 1.9 .6 15.2
1991–92 LAC 59 25 28.1 .424 .283 .832 2.5 3.9 1.9 .3 10.9
1992–93 NYK 77 45 24.5 .437 .317 .821 2.5 5.3 1.6 .1 7.8
1993–94 19 19 26.3 .433 .365 .636 2.1 5.3 1.3 .3 7.5
1994–95 3 0 15.7 .308 .600 .727 3.0 2.7 1.3 .0 6.3
SAS 60 0 15.7 .360 .344 .732 1.7 2.6 1.0 .4 5.0
1995–96 78 0 15.8 .372 .343 .750 1.8 1.6 .9 .3 4.0
通算 864 605 27.3 .444 .328 .784 3.0 5.7 1.8 .4 10.9
オールスター 1 0 16.0 .500 --- .455 3.0 6.0 .0 .0 9.0

プレーオフ

シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG PPG
1984 ATL 5 — 26.0 .500 .000 .878 2.0 3.2 2.4 .8 13.6
1986 9 9 29.1 .435 .500 .738 4.7 8.7 2.0 .0 12.7
1987 8 8 30.6 .383 --- .500 3.4 11.3 1.1 .4 7.8
1988 12 12 34.1 .511 .318 .907 4.9 9.6 2.1 .2 15.7
1989 5 5 38.2 .386 .316 .708 4.8 6.8 1.4 .4 13.4
1991 5 5 34.6 .469 .091 .895 4.0 3.0 1.0 .4 15.6
1992 LAC 5 4 37.4 .446 .500 .815 3.8 4.2 1.2 .0 15.2
1993 NYK 15 15 30.5 .453 .355 .767 2.6 5.7 1.9 .1 10.2
1995 SAS 15 0 21.2 .389 .370 .839 1.9 1.6 .9 .6 7.8
1996 2 0 10.0 .333 .500 --- .5 .0 .0 .0 1.5
通算 81 58 29.5 .446 .338 .767 3.3 5.9 1.5 .3 11.4

ヘッドコーチ成績

NBAヘッドコーチ実績表略号説明
レギュラーシーズン G 試合数 W 勝利数 L 敗戦数 W–L % レギュラーシーズン勝率
ポストシーズン PG 試合数 PW 勝利数 PL 敗戦数 PW–L % プレイオフ勝率
NBA記録
チーム シーズン G W L W–L% シーズン結果 PG PW PL PW–L% 最終結果
ORL 1999–00 82 41 41 .500 アトランティック4位 — — — — プレーオフ不出場
2000–01 82 43 39 .524 アトランティック4位 4 1 3 .250 1回戦敗退
2001–02 82 44 38 .537 アトランティック3位 4 1 3 .250 1回戦敗退
2002–03 82 42 40 .512 アトランティック4位 7 3 4 .429 1回戦敗退
2003–04 11 1 10 .091 (解任) — — — — —
BOS 2004–05 82 45 37 .549 アトランティック1位 7 3 4 .429 1回戦敗退
2005–06 82 33 49 .402 アトランティック3位 — — — — プレーオフ不出場
2006–07 82 24 58 .293 アトランティック最下位 — — — — プレーオフ不出場
2007–08 82 66 16 .805 アトランティック1位 26 16 10 .615 NBAチャンピオン
2008–09 82 62 20 .756 アトランティック1位 14 7 7 .500 カンファレンス準決勝敗退
2009–10 82 50 32 .610 アトランティック1位 24 15 9 .625 NBAファイナル敗退
2010–11 82 56 26 .683 アトランティック1位 9 5 4 .556 カンファレンス準決勝敗退
2011–12 66 39 27 .591 アトランティック1位 20 11 9 .550 カンファレンス決勝敗退
2012–13 81 41 40 .506 アトランティック3位 6 2 4 .333 1回戦敗退
LAC 2013–14 82 57 25 .695 パシフィック1位 13 6 7 .462 カンファレンス準決勝敗退
2014–15 82 56 26 .683 パシフィック2位 14 7 7 .500 カンファレンス準決勝敗退
2015–16 82 53 29 .646 パシフィック2位 6 2 4 .333 1回戦敗退
2016–17 82 51 31 .622 パシフィック2位 7 3 4 .429 1回戦敗退
2017–18 82 42 40 .512 パシフィック2位 — — — — プレーオフ不出場
2018–19 82 48 34 .585 パシフィック2位 6 2 4 .333 1回戦敗退
2019–20 72 49 23 .681 パシフィック2位 13 7 6 .538 カンファレンス準決勝敗退
PHI 2020–21 72 49 23 .681 アトランティック1位 12 7 5 .583 カンファレンス準決勝敗退
2021–22 82 51 31 .622 アトランティック2位 12 6 6 .500 カンファレンス準決勝敗退
2022–23 82 54 28 .659 アトランティック2位 11 7 4 .636 カンファレンス準決勝敗退
MIL 2023–24 36 17 19 .472 セントラル1位 6 2 4 .333 1回戦敗退
2024–25 82 48 34 .585 セントラル3位 5 1 4 .200 1回戦敗退
通算 1,978 1,162 816 .587   226 114 112 .504  

脚註

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