デトロイト・ユナイテッド鉄道
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/03/23 14:31 UTC 版)
「デトロイト市交通局」の記事における「デトロイト・ユナイテッド鉄道」の解説
デトロイト市交通局のバスサービスの前身である路面電車が最初に運行されたのは1863年のことで、当初は馬が牽引する馬車鉄道であった。その後、10社以上の馬車鉄道が登場し、市街の随所に線路が引かれた。1895年には全ての路線が電化され、一部の路線はアナーバー、ポンティアック、トレドなどとデトロイトを結ぶインターアーバン電気鉄道の市内乗り入れルートとして使われるようになった。1901年、市街電車網は統一され、デトロイト・ユナイテッド鉄道という会社に再編された。 デトロイト・ユナイテッド鉄道は、市街電車のみならず、デトロイトを起点とする全てのインターアーバン路線網を統合した。インターアーバン路線はオハイオ州の他社路線との直通運転も行っており、オハイオ州南部のシンシナティや東部のクリーブランドに向かう電車も市街電車路線を利用して中心街に乗り入れていた。 しかし、民間事業者による大都市の公共交通の独占には問題も多かった。運賃に関しては法令で規制も出来たが、一般にサービスの質のコントロールは難しかった。また、路線網の拡充に対して適切な投資が行えないなどの問題があった。こうした事から各地で都市交通の公営化の機運が高まったが、デトロイトは他都市に先駆けて1921年に公営の市街電車交通局を設置し、1922年にはデトロイト・ユナイテッド鉄道の市街路線の全てを買収した。 デトロイト・ユナイテッド鉄道はこの買収により、郊外、およびインターアーバン路線のみを持つ事業者となったが、高収益の市街路線を失ったために経営は悪化、1925年に倒産してしまう。この会社の路線は再編されたが、全ての路線は1932年までに廃止されている。後継会社によって設立されたバス子会社に関しては経営が続けられ、1970年代にSEMTA(後のSMART)に引き継がれている。
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