ティレル006とは? わかりやすく解説

ティレル・006

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2015/05/22 00:57 UTC 版)

ティレル・006
ティレル・006(モントランブラン、2010年)
カテゴリー F1
コンストラクター ティレル
デザイナー デレック・ガードナー
先代 ティレル・005
後継 ティレル・007
主要諸元
エンジン フォードコスワースDFV 2993cc 90度V8 NA ミッドエンジン
タイヤ グッドイヤー
主要成績
チーム エルフチーム・ティレル
ドライバー ジャッキー・スチュワート
フランソワ・セベール
ジョディー・シェクター
パトリック・デパイユ
出走時期 1972年 - 1974年
コンストラクターズ
タイトル
0
ドライバーズタイトル 1(1973年)
初戦 1972年カナダGP
初勝利 1973年南アフリカGP
出走
回数
優勝
回数
ポール
ポジション
ファステスト
ラップ
18 5 3 2
テンプレートを表示

ティレル・006 (Tyrrell 006) は、ティレルF1世界選手権用に製作したフォーミュラ1カー。デザイナーはデレック・ガードナー。1972年終盤から1974年中盤まで使用された。

解説

2007年シルバーストンでの006

ショートホイールベース、直線を主体とした車体形状[1]やリヤカウルと一体化したインダクションポッドなど、1972年シーズン中に投入された005の流れを組んでいる[2]。005との相違点は、1973年からの車両規則改正により車体側面に衝撃吸収構造が組み込まれたことである[2][3]。005で採用されたインボードブレーキは1972年シーズン中にアウトボードへ変更された[4]が、006ではインボードタイプに戻された[3]

スウェーデンGP予選ではウエッジシェイプ・ノーズが装着され[5]、テストが行われたが実戦には登場しなかった。

戦績

1972年カナダGPより大柄なフランソワ・セベール用として実戦投入[3]され、初戦はリタイヤに終わったが、アメリカGPで2位に入る。翌1973年は南アフリカGPでセベールの006に乗り換えたスチュワートが006シリーズ初優勝を挙げた後、スチュワート用に006/2が製作され、非選手権レースのインターナショナル・トロフィーに出走[3][6]し初戦を優勝で飾った[3]

コンストラクターズタイトルこそロータスに次ぐ2位だったが、スチュワートが5回の優勝を記録してドライバーズチャンピオンを獲得。セベールも6度の2位(うちワン・ツーフィニッシュ3回)を記録した。

最終戦アメリカGPで006/2に改修が施され、オイルクーラーが車体後部に配置され、サイドポッドが取り外された[3]。セベールには新車の006/3が与えられたが、予選中のセベールの事故死により大破した。

1974年は、006/2をジョディー・シェクターが南アフリカGPまでドライブ。以降はスペイン・モナコ・フランス各GPでパトリック・デパイユが使用した。最高位は8位(非選手権のプレジデンテ・メディチ・グランプリでは2位[6])。その後はニューマシンの007に切り替えられた。

現存する車両は006/3を除く2台[7]で、006/2はドニントン・グランプリ・コレクションに展示されている[3]

スペック

シャシー

エンジン

成績

(key) (太字はポール・ポジション、斜体はファステストラップ。)

No ドライバー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 ポイント 順位
1972 ARG
RSA
ESP
MON
BEL
FRA
GBR
GER
AUT
ITA
CAN
USA
51* 2位
2 セベール Ret 2
1973 ARG
BRA
RSA
ESP
BEL
MON
SWE
FRA
GBR
NED
GER
AUT
ITA
CAN
USA
82 (86)** 2位
3 5 スチュワート 1 Ret 1 1 5 4 10 1 1 2 4 5 NS
4 6 セベール 2 10 2 2 4 3 2 5 2 2 Ret 5 Ret NS
1974 ARG
BRA
RSA
ESP
BEL
MON
SWE
NED
FRA
GBR
GER
AUT
ITA
CAN
USA
52*** 3位
3 シェクター Ret 13 8
4 デパイユ 8 9 8
出典:[9]

脚注

[ヘルプ]
  1. ^ 『F1全史 1971 - 1975』 ニューズ出版、1993年、66頁。
  2. ^ a b モデル・カーズ 21』 ネコ・パブリッシング、1994年、72頁。
  3. ^ a b c d e f g 『F1グランプリ特集』、119頁。
  4. ^ 『F1グランプリ特集』、118頁。
  5. ^ 『GRAND PRIX SPECIAL』 2013年6月号、87頁。
  6. ^ a b Tyrrell 006/2 race history”. OldRacingCars.com. 2013年12月17日閲覧。
  7. ^ Tyrrell 005/006 race history”. OldRacingCars.com. 2013年12月17日閲覧。
  8. ^ 『F1グランプリ特集』、120頁。
  9. ^ 『F1全史 1971 - 1975』、120 - 128頁。

参考文献

  • 大串信 「1000分の1秒のヒーロー列伝」 連載34 TYRRELL 006-2、『F1グランプリ特集』 1992年10月号、ソニー・マガジンズ、117 - 121頁。

外部リンク


ティレル006

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/23 06:06 UTC 版)

フランソワ・セベール」の記事における「ティレル006」の解説

カナダGPでのシェクターとのクラッシュにより、ずっと使っていたシャシーであるティレル・006が壊れたため、アメリカGPでは彼のために(ケン・ティレルにとっては翌年リーダーのために)作られ新しい006/3を使うことになった006ヨッヘン・リント事故死した際乗っていた車種であるロータス・72似ていた。そのため、005から006/3に至るまでのシャシー内部にあるフロントブレーキもロータス72同様問題抱えていた。これはロータスティレルマシンには「インボード・ブレーキ」という構造採用していたからである。 他のコンストラクター新し規則合わせるための車を作っている間、ティレル1973年4月にその規則合わせた車を作ったインボード・ブレーキは一番熱くなる部分ブレーキローターブレーキパッド)が車体の中(通常ホイール内部)にあるが、ティレルのスポーツカーノーズと呼ばれるフロントウイング構造では、内部にあるブレーキの一番発熱する部分クーリング必要なだけの十分な空気が入らなかった。 実際スチュワート乗っていた005南アメリカGPプラクティスでブレーキラインの故障大事故起こしている。

※この「ティレル006」の解説は、「フランソワ・セベール」の解説の一部です。
「ティレル006」を含む「フランソワ・セベール」の記事については、「フランソワ・セベール」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「ティレル006」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「ティレル006」の関連用語

ティレル006のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



ティレル006のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのティレル・006 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaのフランソワ・セベール (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS