スワンバンドとは? わかりやすく解説

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スワンバンド

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/16 05:28 UTC 版)

携行用ブタンガスバーナー分光したスペクトル

スワンバンド: Swan bands)は、可視光波長域に多数の線スペクトルが分布する、炭素分子C2二原子炭素)にもとづく特徴的なスペクトル帯のことである[1][2][3]。名称は、このスペクトル成分を発見したスコットランド科学者ウィリアム・スワン英語版に由来する[1]炭化水素燃焼する際の青いや、彗星炭素星といった天体のスペクトルによくみられる[3][4]

発見

二原子炭素分子C2に起因する一連の輝線スペクトルは1856年、スコットランドの数学者物理学者ウィリアム・スワンが、炎のスペクトルにみられる輝線を特定するために、炭化水素化合物の炎を分光観測した際に発見された[5]。このスペクトル帯のことを、発見者のスワンにちなんでスワンバンドと呼ぶ[1]

実験によってスワンバンドのスペクトルを発生させる手段の主なものとしては、以下のような例が挙げられる[6]

原理

スワンバンドの線スペクトルはC2分子の遷移のうち、基底状態から電子1つが σg2p 軌道励起した電子状態 a3Πu と、σu2s 軌道からもう1つ電子が σg2p 軌道に励起した電子状態 d3Πg の間で起こる d3Πga3Πu 遷移によって発生する[7][8]a3Πuエネルギー準位が下の電子状態、d3Πg はエネルギー準位が上の電子状態で、2つの電子状態の中の様々な振動量子数の間で遷移が起こるので、多数のスペクトル線が密に集まって現れる[7][9]

強度が大きい主要なスペクトル系列は、高い準位と低い準位の間での振動量子数 ν の差 Δν が、Δν = -2, -1, 0, +1, +2, +3 となる遷移のもので、それらの頭端波長と振動量子数遷移は表のようになる[9][10][4]

スワンバンドの主要な系列
系列
Δν
頭端波長
Å
振動量子数
ν)遷移
系列
Δν
頭端波長
(Å)
振動量子数
ν)遷移
系列
Δν
頭端波長
(Å)
振動量子数
ν)遷移
-2 4356.2 (4,2) -1 4678.6 (5,4) 0 5097.7 (2,2)
4371.4 (3,1) 4684.8 (4,3) 5129.3 (1,1)
4382.5 (2,0) 4697.6 (3,2) 5165.2 (0,0)
4715.2 (2,1)
4737.1 (1,0)
系列
Δν
頭端波長
(Å)
振動量子数
ν)遷移
系列
Δν
頭端波長
(Å)
振動量子数
ν)遷移
系列
Δν
頭端波長
(Å)
振動量子数
ν)遷移
+1 5470.3 (4,5) +2 5923.4 (5,7) +3 6442.3 (6,9)
5501.9 (3,4) 5958.7 (4,6) 6480.5 (5,8)
5540.7 (2,3) 6004.9 (3,5) 6533.7 (4,7)
5585.5 (1,2) 6059.7 (2,4) 6599.3 (3,6)
5635.5 (0,1) 6122.1 (1,3) 6677.3 (2,5)
6191.2 (0,2)

中でも、帯頭が (2,0) 4382.5 Å、(1,0) 4737.1 Å、(0,0) 5165.2 Åを頭端とする系列の成分が特に顕著である[2][4]

スワンバンドの帯スペクトルの輪郭は、頭端波長を赤色(長波長)側の明確な端として、それより青色(短波長)側へ向かって減衰し、やがて強度がなくなる、という形が一般的で、一部の遷移では頭端の他に強い副端がみられるものもある[11]

天体スペクトル

ブラッドフィールド彗星 (C/1995 Q1)ドイツ語版 の分光観測で得られたスワンバンドの2次元画像。(出典: ESO[12]

天体のスペクトルにおいては彗星あるいは低温度星、特に炭素星のスペクトル中に、スワンバンドの成分が強く現れる[4][2]

彗星におけるスワンバンドは輝線として現れ、5000 Å前後で特に強いことから、気体を大量に放出する彗星のコマを写真に撮影した際、緑色がかって写る原因となっている[11][13]。彗星におけるC2分子の起源は、アセチレン分子(C2H2)が有力視されている[13]

炭素星のスペクトルではスワンバンドが、可視光の赤色より短波長側における分子吸収帯の主要な成分となる[14]。炭素星の中で比較的早期型の恒星のスペクトルではスワンバンド成分が弱く、晩期型になるほどスワンバンド成分は強くなる傾向がある[15]。また、光球のスペクトルだけでなく、質量放出英語版によって星周領域に形成される星周物質の層で生じるスワンバンドも検出され、可視光波長域において星周分子を調べる突破口と期待される[7]

火炎スペクトル

C2スワンバンドの振動量子状態間における遷移エネルギーはよく調べられており、帯頭輝線の強度を比較することで、スワンバンドを生じる火炎などの温度を求められることが期待される[16][17]。そのため、火炎温度の局所的な分布や、探針による計測ができない実験でのプラズマの温度を推定するために、スワンバンドの発光スペクトルを計測することが試みられている[17][18]

出典

  1. ^ a b c スワンバンド”. 天文学辞典. 公益社団法人 日本天文学会 (2023年4月19日). 2025年3月20日閲覧。
  2. ^ a b c Ridpath, Ian, ed. (2018), “Swan bands”, A Dictionary of Astronomy (3 ed.), Oxford University Press, ISBN 9780191851193 
  3. ^ a b 音在清輝; 池田重良 著「スワンバンド」、分析化学辞典編集委員会 編『分析化学辞典』共立出版東京都文京区、1971年11月5日、1003頁。doi:10.11501/12688523 
  4. ^ a b c d 平井正則 著「スワンバンド」、天文・宇宙の辞典編集委員会 編『天文・宇宙の辞典』恒星社厚生閣、東京都新宿区、1978年2月15日、311頁。doi:10.11501/12621020 
  5. ^ Swan, William (1857), “XXIX. - On the Prismatic Spectra of the Flames of Compounds of Carbon and Hydrogen”, Transactions of the Royal Society of Edinburgh 21 (3): 411-429, https://archive.org/details/transactionsofro21royal 
  6. ^ Johnson, R. C. (1927), “V. The Structure and Origin of the Swan Band Spectrum of Carbon”, Philosophical Transactions of the Royal Society A 226 (636-646): 157-230, Bibcode1927RSPTA.226..157J, doi:10.1098/rsta.1927.0005 
  7. ^ a b c 泉浦秀行「光学炭素星の星周C2スワンバンド吸収線」(PDF)『天文月報』第96巻、第6号、328-339頁、2003年5月20日https://www.asj.or.jp/geppou/archive_open/2003/pdf/200306art6.pdf 
  8. ^ G. ヘルツベルグ 著、奥田典夫 訳『分子スペクトル入門 —フリーラジカルのスペクトルと構造—』培風館、東京都千代田区、1975年5月30日、28-29頁。doi:10.11501/12593170 
  9. ^ a b 荒木俊馬; 高木公三郎; 淸永嘉一『天文宇宙物理學總論 第II部 太陽系物理學 第IV篇 太陽系』宇宙物理學研究會、東京都中央区、287-288頁。doi:10.11501/1372753 
  10. ^ Wallace, L. (1962-10), “Band-Head Wavelengths of C2, CH, CN, CO, NH, NO, O2, OH, and Their Ions”, Astrophysical Journal Supplement Seires 7: 165-290, Bibcode1962ApJS....7..165W, doi:10.1086/190078 
  11. ^ a b 荒木俊馬; 荒木雄豪「§574 彗星のスペクトルと物質」『現代天文学事典』恒星社厚生閣、東京都新宿区、1979年7月10日、356-357頁。doi:10.11501/12621036 
  12. ^ The Swan Bands in Bright Comet 1995 Q1 (Bradfield)”. ESO (1995年8月21日). 2025年3月20日閲覧。
  13. ^ a b 河北秀世; 古荘玲子 著「1-3 彗星のコマ」、高校生天体観測ネットワーク(Astro-HS) 編『彗星観測ハンドブック 2004』(PDF)高校生天体観測ネットワーク(Astro-HS)、2003年9月24日https://pholus.mtk.nao.ac.jp/COMET/comet_handbook_2004/1-3.pdf 
  14. ^ Barnbaum, Cecilia (1994-01), “A High-Resolution Spectral Atlas of Carbon Stars”, Astrophysical Journal Supplement Series 90: 317-432, Bibcode1994ApJS...90..317B, doi:10.1086/191865 
  15. ^ J. ホプキンス 著、藤本眞克加藤万里子 訳「スワンバンド」『宇宙科学用語』恒星社厚生閣、東京都新宿区、1983年2月20日、201頁。doi:10.11501/12621126 
  16. ^ Ishiguro, T.; et al. (1998), “Homogenization and stabilization during combustion of hydrocarbons with preheated air”, Symposium (International) on Combustion 27 (2): 3205-3213, doi:10.1016/S0082-0784(98)80184-7 
  17. ^ a b 橋本, 英樹; 古川, 純一 (2019), “化学発光分光法の火炎温度計測への応用”, 日本燃焼学会誌 61 (195): 51-58, doi:10.20619/jcombsj.61.195_51, NCID AA11658490 
  18. ^ 前原常弘; 川嶋文人「3. 超臨界二酸化炭素中の高周波プラズマ」(PDF)『プラズマ・核融合学会誌』第86巻、第6号、312-316頁、2010年6月。 ISSN 0918-7928NCID AN10401672https://www.jspf.or.jp/Journal/PDF_JSPF/jspf2010_06/jspf2010_06-312.pdf 

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