スワップ協定の終了
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/16 05:55 UTC 版)
「日韓通貨スワップ協定」の記事における「スワップ協定の終了」の解説
2012年に、大韓民国大統領の李明博による竹島上陸、明仁天皇への謝罪要求など、一連の言動に重く見た日本国政府は、2012年10月末の期限延長を取りやめることを検討した。 2008年の韓国通貨危機への対応として、李明博大統領の指示を受けて、駐日本国大韓民国大使館の特命全権大使として、権哲賢が日本でロビー活動を展開させ、スワップ締結に難色を示していた当時の財務大臣中川昭一に、日本の高官やOBなど協力者から説得させて、ようやくスワップ協定を成立させた話が報道されている。 2011年10月19日、財務省の発表によると、限度額が総額130億ドルから総額700億ドルへと増額が決定された。当時の為替レートでおよそ5兆5000億円。 2012年10月31日、財務省は、日韓通貨スワップの時限的な増額部分を、2012年10月31日に予定通り終了すると発表。 2013年6月24日、チェンマイ・イニシアティブの100億ドル分以外の30億ドル分の通貨スワップ協定について、期限の2013年7月3日をもって終了すると発表した。協定は、両国政府・中央銀行が緊急時に資金を交換し合うもので、国際金融市場で流通量の少ない大韓民国ウォン安定化を目的に、2001年から始まった。 協定を延長しなかったことについて、日本国政府は韓国からの要請がなかったためとしており、2013年6月21日には菅義偉官房長官は「期限を迎えるまでの間に必要があれば延長するが、韓国側があまり必要ないというのなら、日本なりに判断する」と述べた。 これは、韓国銀行(中央銀行)の金仲秀総裁が、延長が双方にとって利益になるなら、延長することができるとの見解を示したことについて意見を求められて回答したものである。また、記者団が「日本側から積極的に延長する必要はないということか」との質問に、菅官房長官は「日本はそう考えている」と述べた。 2015年2月16日、日本政府と韓国政府は「日韓スワップ協定を延長せず、予定通り2月23日で終了する」と発表。これによりチェンマイ・イニシアチブ下の100億ドルの融資枠が延長されず、2001年7月に始まり13年半の間続いた、日韓スワップ協定が終了した。同時に日韓両国の当局は、必要が生じた場合には適切に協力することにも合意している。 日韓スワップを終える理由について、財務省は「両国の金融情勢・経済情勢から判断した」と説明し、韓国企画財政部の幹部は「経済指標が良好であり、延長しなくても特別な悪影響はない」とした。一方で日本国政府関係者は「(出国禁止になっている)産経新聞前ソウル支局長の問題があり、日本政府として延長を断った」との見方を示した。韓国企画財政省のミン・キョンソル地域金融課長は、今回の決定は「外交的ないし政治的な観点ではなく、経済的・金融的な観点から」なされたものだとしている。
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