スピノザにおいて
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/10 15:47 UTC 版)
「バールーフ・デ・スピノザ」も参照 スピノザ(1632年 - 1677年)は「コナトゥス」の考えを人間の肉体、魂、そしてその両方に同時に適用するが、言葉の上では異なる用語をそれぞれに対して使う。概念の心理的な現れに言及する際は、彼は「ウォルンタース(voluntas)」(意志)という術語を使う。両方の橋渡しとなるような概念に言及する際には、彼は「アッペティトゥース(appetitus)」(欲求)という言葉を使う。肉体的な衝動に言及する際には、彼は普通に「コナトゥス」を使う。彼はこの言葉を拡張してひとまとめにして「コナトゥス・セセ・コンセルウァンディ(conatus sese conservandi)」(自己保存への努力)という言葉を使うこともある。 スピノザは、「何物も外的な原因がなければ破壊されえない」という「自明な」真理を説明しようとする際にこの「コナトゥス」の一般的原理が存在すると断言する。彼にとって、「あらゆるものの定義はそのものが存在することを断言しており、否定することはない」というのは自明なことである。この自己破壊への抵抗をスピノザは人間の存在し続けようとする努力という言葉で定式化する。また、「コナトゥス」はこの力を表すために彼が最もよく用いる言葉である。 スピノザの世界観では、この原理は全てのものに適用可能であり、さらに、人間の心や道徳を含む万物のまさしく本質を構成する、というのも世界には神が作った有限のモデルが存在するにすぎないからである。彼が『エチカ』(1677年)で述べたように、「コナトゥス」は有限の時間の中に存在する。物体が存続する限りコナトゥスも存続する。スピノザは物体の力を増大しようと言う傾向を表すのに「コナトゥス」という言葉を使う。全ての存在は単に静的に存在し続けようとするよりむしろ、完全へ向かって努力するに違いない。さらに、存在する全てのものはある活動が自身の存在を保つか、あるいは増大させるときに、そしてそれらのときにのみその活動を行う。また、スピノザはデカルトが以前使ったような、基本的な意味での慣性を表す際にも「コナトゥス」という言葉を使った。物は外的な力の活動なしには破壊されえないので、運動と静止もかき乱されない限りは無期限に存在し続ける。
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