スパイクタンパク質の開裂活性化
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/12 16:04 UTC 版)
「SARSコロナウイルス2」の記事における「スパイクタンパク質の開裂活性化」の解説
コロナウイルスのスパイクタンパク質は、大きく分けてS1、S2という2つのサブユニットでできており、S1はACE2受容体との結合を、S2は宿主細胞膜との融合を担っている。スパイクタンパク質は宿主細胞内で合成された直後は1つの連続したタンパク質であるが、次の宿主細胞に感染するためには、どこかのタイミングで、S1サブユニットとS2サブユニットの境界であるS1/S2部位と、S2内部にあるS2'という部位の2箇所が、宿主の持つプロテアーゼによって開裂される必要があると考えられている。 SARS-CoV-2には、SARSコロナウイルスと異なり、スパイクタンパク質に感染力と病原性を高めるフーリン切断部位が存在する。これはサルベコウイルスの中では他に例が無いが、コロナウイルス科全体で見れば珍しいものではなく、多くのマウス肝炎コロナウイルス (MHV-JHM, MHV-A59) やヒトコロナウイルス (MERS-CoV, HCoV-OC43) などが同様の部位を保有している。 SARS-CoV-2の際立った特徴の一つは、S1/S2部位に、近縁のコロナウイルスにはみられない4つのアミノ酸配列 [PRRA] の挿入が見られることである。これによって境界部位のアミノ酸配列はS[PRRA]R↓SVASになっており、宿主細胞内でスパイクタンパク質が合成された直後に、「↓」の部分で宿主細胞の持つフーリンによる開裂を受けると考えられている。 フーリンによるS1/S2開裂を受けたスパイクタンパク質を持ったウイルスでは、スパイクタンパク質が次の宿主細胞のACE2受容体に結合すると、受容体近傍の細胞膜上にある宿主細胞のTMPRSS2プロテアーゼによって S2'部位が開裂され、そのまま感染が成立する。 これに対して、S1/S2開裂を受けていないスパイクタンパク質を持った SARS-CoV などの通常のコロナウイルスでは、スパイクタンパク質が次の宿主細胞のACE2受容体に結合したのち、ウイルス本体がエンドサイトーシスで宿主細胞内に取り込まれ、エンドゾーム内のカテプシンLプロテアーゼによって、2箇所の境界部位が開裂され、エンドゾームの細胞膜と融合して感染するという手順を取る。 2020年に、米テキサス大学医学部を中心とする研究チームが、アミノ酸配列 [PRRA] がどの程度SARS-CoV-2のS1/S2開裂に寄与し、その結果どの程度ウイルスの感染力を強化しているのかを検証するために、SARS-CoV-2野生型オリジナルのRNA配列からSタンパク質の [PRRA] に対応する遺伝情報のみを削除したΔPRRAと名づけられた変異種を合成し、Calu-3細胞(実験用に培養したヒト肺線腫細胞)を用いて、SARS-CoV、SARS-CoV-2野生型、SARS-CoV-2ΔPRRA変異株の3種類のウイルスの感染実験を行い比較検討を実施した。 この研究によれば、感染細胞から放出される娘ウイルスのS1/S2開裂率は、SARS-CoVが1.4%、SARS-CoV-2野生型が87.3%、ΔPRRA変異株が33.1%であり、ΔPRRA変異株では [PRRA] 以外にS1/S2開裂を促進する機構があると考えられた。ウイルス価をベースとした感染力の比較では、野生型がΔPRRA変異株に対して約10倍感染力が高いことが示された。 2021年8月1日に発表された、米下院外交委員会・共和党議員団による報告書「THE ORIGIN OF COVID-19: An Investigation of the Wuhan Institute of Virology」では、このテキサス大学を中心とする研究を引用し、さらに他の状況証拠を提示して、SARS-CoV-2は、中国武漢ウイルス研究所で、コウモリを宿主とするコロナウイルスRaTG13をソースとして、 [PRRA] の挿入やその他の遺伝子改変を行って、人為的に創り出されたウイルスであると主張している。
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