サハ48形を車両性能試験車(クヤ9020)に改造
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/04 05:04 UTC 版)
「国鉄32系電車」の記事における「サハ48形を車両性能試験車(クヤ9020)に改造」の解説
サハ48形の48008は、連合軍専用車時の1951年6月26日に久里浜駅構内で架線事故により焼損し、そのまま長期休車となっていたが、従来からの木製試験車クヤ9010形9010の老朽化に伴い、本車両を代替車とすることとなり、1955年4月に大井工場で鉄道技術研究所(現:鉄道総合技術研究所)の電気車性能試験車クヤ9020に改造された。車体は全長に渡り屋根高3495 mmの低屋根でパンタグラフ2基が搭載され、正面に貫通扉の設置された両運転台となり、側面の窓配置はd142181D'd(反対サイドはd121521D'd)で室内は全長の約1/2が測定室となったほか、倉庫、調査室、工作室、架線観測室、暗室、配線室などが配置されており、台車はコロ軸受のTR43となっている。また、車体塗色は当初は濃緑色で、後にブドウ色に黄色の帯の入ったものとなったほか、本車両は形式番号も切抜き文字で表示されており、これは国鉄旧形電車としては唯一である。 後述の1959年の改番によりクヤ99形(クヤ99000)となり、その後パンタグラフ1基が撤去されて分散式冷房装置3基が搭載されたが、1966年に後継のマヤ11形が落成したこともあり、1976年に廃車となった。
※この「サハ48形を車両性能試験車(クヤ9020)に改造」の解説は、「国鉄32系電車」の解説の一部です。
「サハ48形を車両性能試験車(クヤ9020)に改造」を含む「国鉄32系電車」の記事については、「国鉄32系電車」の概要を参照ください。
- サハ48形を車両性能試験車に改造のページへのリンク