ガルウィングドア
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 02:02 UTC 版)
「メルセデス・ベンツ・300SL」の記事における「ガルウィングドア」の解説
ドアはルーフ上にヒンジのある跳ね上げ式で、開放するとカモメの翼のような形状となることからガルウィングドアと名付けられた(市販車としては300SLが初採用)。国内での所有者はプロレスラーの力道山、俳優の石原裕次郎、夏木陽介の3名が有名である。 プロトタイプのシャーシは軽量化と強度確保を両立させる目的で、細い鋼管を組み合わせたマルチチューブラー・スペースフレームを採用した。ガルウィングドアを採用したのはデザイン目的ではなく、シャーシ構造上サイドメンバーが座席の脇を貫通するため、サイドシルが高くなりすぎて通常の横開きドアでは乗降が困難になったためである。レース参戦時にクレームをつけられると、メルセデス・チーム監督のアルフレート・ノイバウアーは「ドアが横開きに限るとはどこにも書いていない」と主張して認められたという。当初は開口部がサイドガラス辺りまでしかなく、サイドシルを大きく跨いで乗降していたが、1952年のル・マン24時間レースに出場した際、主催者から安全面のアドバイスを受けて開口部を拡げた。 この方式は同じシャーシ構造をもつ市販型300SLでも継承された。ステアリングは乗降時にひざにぶつからないよう、前方に倒れる可倒式とされた。 なお、当時の技術では窓の開閉ができないという欠点があり、室内はエンジンの発する熱が入り込んでかなり暑くなるという問題点があった。リアウインドウに排熱用の機構を備えているものの、あまり機能しなかったという。さらに当時はカーエアコンを自家用車に搭載するという思想もほとんどなかったため、真夏の運転は過酷を極めた。 性能優先のスポーツカーであり、乗降性や快適性を重要視した設計ではないが、スカートやドレス姿の女性をエスコートする富裕層にとっては乗降性の悪さがネックとなった。後のロードスターモデルでは日常的な使用を考慮してフレームが再設計され、ドアの形状・開閉方向は一般的なものとなり、窓も開閉できるようになった。それでも鋼管スペースフレームゆえの開口部の狭さから、乗り降りには多少の慣れを要した。
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