たばこ規制活動
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/01 17:53 UTC 版)
「パトリック・レイノルズ」の記事における「たばこ規制活動」の解説
I consider myself the white sheep of my family(私は自分のことを、一族の中の白い羊だと思っている) Reynolds, 1986 レイノルズはたばこ規制(英語版)活動を行っており、たばこが家業のレイノルズ家の中では異色の存在となっている。 1979年に保有していたR・J・レイノルズ・タバコ(RJR)の株を売却し、1983年から1985年にかけて役員を務めていたRJRナビスコにおいても、RJRの株の売却を試みた。自身も20歳のときから喫煙していたが、10年間の努力により1985年に禁煙に成功している。 1986年4月、レイノルズは友人と共にボブ・パックウッド(英語版)上院議員と会談した。その中でたばこ税の引き下げの話題となり、レイノルズは憤慨して立ち上がり、「なぜアメリカのたばこ税はこんなに低いのか」とパックウッドを詰問した。同年6月には、禁煙推進団体であるアメリカ肺協会(英語版)の広告に出演し、パックウッド上院議員の招聘により連邦議会の小委員会で証言を行った。 1989年にアメリカ禁煙財団(The Foundation for a Smokefree America)(2020年にタバコフリー・アース(Tobaccofree Earth)に改称)を設立した。同年、トム・シャットマン(英語版)との共著による、レイノルズ家3代のたばこビジネスの歴史に関する著書"The Gilded Leaf"(金ピカの葉っぱ)を出版した。この本の執筆や調査は、1980年から行っていた。2007年、たばこ規制に関するレイノルズの講演を収めたDVD"The Truth About Tobacco"(たばこの真実)が発売された。 元公衆衛生総局長官のC・エヴェレット・クープ(英語版)は、レイノルズのことを「アメリカの禁煙運動の最も影響力のある提唱者の一人」と評している。 レイノルズは、成人に向けたたばこ規制に関する講演を行うほか、未成年者に対するたばこを吸わないようにするための講演も行っている。2009年にはギリシャ政府のたばこ規制政策に助言し、2011年にはたばこ規制に関する講演を行う世界ツアーのスポンサーを募っていた。 2011年、たばこ規制活動を行うことについての一族からの視線は、多少は緩和されたと述べた。「1986年以降、(RJRの)株価は上がり続けています。そして、厄介者である私は、世界保健機関から表彰を受けたことで、レイノルズ家に栄誉をもたらしました。」
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