『魏志』倭人伝とは? わかりやすく解説

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『魏志』倭人伝

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/31 07:47 UTC 版)

倭・倭人関連の中国文献」の記事における「『魏志』倭人伝」の解説

ウィキソース魏志倭人伝原文あります『三国志』魏書三十 烏丸鮮卑東夷伝 倭人条(いわゆる魏志倭人伝』) 「倭人帶方東南大海之中 依山島爲國邑 舊百餘國 漢時有朝見者 今使譯所通三十國倭人帯方郡東南大海中におり、山の多い島のうえに国や邑(むら)をつくっている。もとは百あまりの国があり、その中には漢の時代朝見に来たものもあった。いまは使者通訳往来するのは三十国 東夷伝には、夫余高句麗東沃沮挹婁・濊・馬韓辰韓弁辰倭人九条含まれている。東夷伝九条とも大体三部から構成されている。倭人伝も、第一部その周辺との関係位置内部行政区画記事第二部はその経済生活や日常習俗記事第三部はその政治外交上の大事件記事、と分けることができる。また、倭国政治体制に関する記事一部考えると四部構成にできる。 東夷伝の韓伝冒頭にも倭という記載がある。 「韓在帶方南 東西以海爲限 南與倭接 方可四千里」(『魏志』韓伝) 韓は帯方の南に在り東西は海をもって限りとなし、南は倭と接する。方4千里ばかり。

※この「『魏志』倭人伝」の解説は、「倭・倭人関連の中国文献」の解説の一部です。
「『魏志』倭人伝」を含む「倭・倭人関連の中国文献」の記事については、「倭・倭人関連の中国文献」の概要を参照ください。

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