『赤と黒』翻訳論争
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35年ぶりの新訳となった『赤と黒』に関しては、辻原登や堀江敏幸、辻仁成といった芥川龍之介賞作家たちが評価し、亀山郁夫、鴻巣友季子、中条省平らも賞賛、読者の広い支持を集めている。 他方、立命館大学文学部教授の下川茂は、野崎の訳したスタンダールの『赤と黒』(光文社文庫、2007年)に対し、誤訳が多すぎるとの批判を行っている。下川は「前代未聞の欠陥翻訳で、日本におけるスタンダール受容史・研究史に載せることも憚られる駄本」としたうえで「仏文学関係の出版物でこれほど誤訳の多い翻訳を見たことがない」と指摘し「まるで誤訳博覧会」と主張している。2008年3月付の第3刷で同書は19箇所を訂正したが、下川は「2月末に野崎には誤訳個所のリストの一部が伝わっている。今回の訂正はそこで指摘された箇所だけを訂正したものと思われる」と批判したうえで、誤訳の例を列挙し「誤訳は数百箇所に上る」と指摘している。下川は、いったん絶版として改訳するよう要請する書簡を野崎宛てに送付した。 しかし、光文社文芸編集部の編集長は「読者からの反応はほとんどすべてが好意的ですし、読みやすく瑞々しい新訳でスタンダールの魅力がわかったという喜びの声だけが届いております。当編集部としましては些末な誤訳論争に与する気はまったくありません」と反論している。 この件について作家の戸松淳矩は、光文社側は読者の反応ではなく翻訳の適否について回答すべきと指摘し、瑣末な誤訳と主張するなら反証を示すべきと述べ、野崎の訳文における問題点についての言及がないことに批判している。また内田樹は、誤訳との指摘に対し訳者が応えるように双方向的な公開性の担保が重要だと指摘し、「野崎訳をめぐる問題は『指摘と修正』の円滑なコミュニケーションが成り立たなかったことが原因」と考察している。その一方で、「(指摘と修正の)効率についての配慮」を欠いた、「いきなり大上段から相手の脳天を斬りつける」ような下川の手法にも、戸松・内田とも苦言を呈している。北海道大学の佐藤美希は、野崎の単純なミスによる誤訳を認めつつ、論争の背景には「新訳ブーム」における新しい翻訳観と、下川の持つ規範的な翻訳観との根本的な対立があると論じている。
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