「南京事件」関連とは? わかりやすく解説

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「南京事件」関連

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/16 10:09 UTC 版)

朝日新聞」の記事における「「南京事件」関連」の解説

1984年8月4日西部本社版夕刊で、「日記写真もあった 南京大虐殺 悲惨さ写した三枚 宮崎の元兵士 後悔の念をつづる」という見出しで、都城歩兵第23連隊の元上等兵虐殺直接携わり苦し心情つづった日記と、惨殺され中国人と見られる男性女性生首転がっているシーンなどの写真3枚見つかった報じた。これに対して都城23連隊会は、同連隊南京虐殺とは無関係だ主張し朝日新聞社宮崎支局中村大別に対して抗議したが、朝日側は訂正謝罪拒否した。しかし1985年12月28日世界日報生首写した写真偽物であることを報じ、さらに同紙は1986年1月13日に、朝日新聞報じた写真と同じ写真持ち主現れ、偽写真であることが確定した報じた。これを受けて朝日新聞同年1月21日、「写真三枚については南京事件当時のものではないことがわかりました記事のうち、写真に関する記述は、おわびして取り消します」としたが、「日記現存します」とした。同月25日都城23連隊会側と朝日新聞西部本社側の話し合い持たれたが、朝日側は「写真についてお詫び終止符打っていただきたい」とし、日記公表は「守秘義務」として拒否した1984年10月31日朝刊1面において、「これが毒ガス作戦」の見出しと共に、煙が濛々と立ち上る写真を、日本軍による毒ガス戦証拠だとして掲載した一橋大学教授当時藤原彰が「日中戦争での化学戦実証的研究進めている元陸軍士官歴史学者」として紹介され当該写真日本軍による中国での毒ガス戦写したものだと断定した。しかし、程なくして産経新聞から煙幕ではないか疑問呈され同月11月13日には毎日新聞社発行の『決定版昭和史』第9巻から同じ写真確認され毒ガス戦写した写真ではない事が確定した。翌11月14日朝日新聞は「日本軍の『化学戦』の写真、贛湘作戦とわかる」との見出し付け毒ガス作戦報じた写真間違いであったことは認めたが、謝罪はしなかった。

※この「「南京事件」関連」の解説は、「朝日新聞」の解説の一部です。
「「南京事件」関連」を含む「朝日新聞」の記事については、「朝日新聞」の概要を参照ください。

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