「南アジア連邦(the South Asiatic Federation)」の提案
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「アーガー・ハーン3世」の記事における「「南アジア連邦(the South Asiatic Federation)」の提案」の解説
1918年5月に出版された『過渡期のインド(India in Transition)』には、彼なりの見解が細かく明記されている。この文献では、社会体制、教育、軍隊、女性の地位だけでなく、他国で実施されている政策にまで言及されている。その中で、彼はインドを中心に据え、中央アジアから東南アジアにまで広範囲に渡る「南アジア連邦(the South Asiatic Federation) 」構想を提案している。この連邦を実現するために、まずはインド国内の州を再編成するべきだと主張していたのである。既存する州は、民族や言語を基本に再構成し、自治権を持たせることを前提としている。州の統合について、既に以下の詳細な構想があった。これほど明確に州の再編成を打ち出したのは、アーガー・ハーン3世が初めてであった。 民族的に独特なビルマは、分割しない。 ベンガル州は、適当な大きさなのでそのままにする。 ビハール州は、中央州の幾つかの県を吸収する。 連合州の西部諸県の2、3県は、その隣接性から1つのパンジャーブ州に併合する。 連合州は、中央州からナーグプル地域を選び取り、以前はアーグラー州にあったヒンディー語県を吸収する。 スィンド州とボンベイを切り離す。中央州消滅に伴って、マラーティー語地域は、自然にボンベイ州に併合する。 北西辺境州とバルーチスターン州、スィンドは、1つのインダス州を形成し、州都はクウェッタに置く。 マドラス州の北西諸県は、その特徴からドラヴィダ地域よりも、ベルガウム地域と北カナラ地域(両地域ともボンベイ州内)に近いのでボンベイに統合する。 アフガニスタンを、南アジア連邦に加入させる。アッサム州はさておき、主要な8州が設置されるべきである
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