京言葉 京言葉の概要

京言葉

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/15 14:27 UTC 版)

京言葉
話される国 日本
地域  京都府山城国
言語系統
言語コード
ISO 639-3
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歴史

京都は平安京が建設された平安時代から1000年以上にわたって日本があった地域であり、江戸時代まで京言葉は高い威信を持ち、現代共通語の母体である東京方言を含め、日本各地の方言に影響を与えた。現在も京都では自分達の言葉に強い自負心があり、京言葉は「なまり」ではなく、共通語とは「単に異なっているというだけ」と認識されている[1]。京都出身の日本語学者楳垣実も、京言葉を研究するにあたって「我々の気持から云えば、京言葉を方言といってしまっては何となく物足らぬので、国語の伝統保存といった誇らかな気持から大いに努力したいと思う」と述べている[2]

京都は伝統を重んじる保守的な街とされるが、古くからの大都市で京言葉は変化し続けており、平安時代以来の古語はあまり残っていない。明治維新前後にも大きな変化があったとされ、代表的な京言葉「どす」「やす」「はる」も幕末から明治初期に生まれた言葉と考えられ、楳垣は「京言葉の優雅性は一段とこの期に高められたものらしい」と述べている[3]

現在、共通語化や関西共通語化(大阪弁化)が進み、京言葉らしい京言葉を用いるのは昭和中期以前に生まれた世代や花街芸妓社会などに限られている。1993年平成5年)から1994年(平成6年)にかけての方言調査では、「どす」に関して80歳代では「使用する」と回答した割合が49.2%なのに対し、10代では「聞いたこともない」が54.0%であった[4]。楳垣は1950年昭和25年)の時点で以下のように書き残している。

京言葉--優美なあでやかなあの京言葉--というものは、もう京都にもなくなろうとしている。その最後の保存地であった祇園あたりにさえその傾向は見えそめている。
(中略)
京都もやはり近代都市の一つで、終戦後の社会混乱の洗礼を受けて変貌を遂げているのである。しかもまた一方においては標準語化の波が、京都にも押し寄せて、アクセントだけを残して、語彙や語法の面では非常な変化が起っている。古い言葉などは、これらの変化に抗して生き残る余地はほとんどない。よほど根強いものだけが、まだ残っているに過ぎない。 — 楳垣実、『国語学』第4輯 26ページ

イメージ

京言葉には「優雅」「女性的」といったイメージがあり、2019年令和元年)に「方言がかわいい『都道府県』ランキング」で京都府が2位になる[5]など、21世紀になってもそのイメージは依然根強い。一方で、楳垣は「我々京都人から見れば、正直に云って、京都は一般に少し理想化されて考えられているような気もする。」「京都といえば一木一草までみやびやかであると考える人も多い。京言葉の魅力も或はそんな所から生れて来るのかも知れない。」と述べている[6]。ゆったりした優しい雰囲気の言葉というイメージについて、「芸舞妓さんの話すことばからの連想によってできたイメージであろう」「一般市民の日常会話における話しことばは、かなりテンポの速い、また決して柔らかいとは言えないどちらかといえば語調のきついものである」と指摘する研究者もいる[1]

区分

日本語学者の奥村三雄は山城の方言を以下のように区分している(区分の基準とされた方言の特徴および市郡の名称・範囲は概ね1962年当時のもの)[7]

  • 京都市内(戦後に編入された旧郡部を除く) - 進行「-てる」。終助詞「ぜ」「で」の使用少ない。いわゆる京言葉(「どす」「おす」「やす」など)を使用。
  • その他 - 進行「-たる」あり。終助詞「ぜ」「で」あり。京都市内と比べて荒い。
    • 愛宕郡(現在の左京区岩倉八瀬以北と北区雲ケ畑)・乙訓郡宇治市久世郡の各大部分 - 京言葉を多用。
    • 綴喜郡と久世郡の各西部(現在の八幡市伏見区の一部など) - 京言葉を多用。女性語の終助詞「し」や順接助詞「よってに」など、大阪弁の影響あり。
      • 乙訓よりも八幡の方が大阪的である点について奥村は、鉄道開通以前、京都・大坂間の往来に淀川(宇治川)や京街道がもっぱら利用されていた時代の影響であろうと推測している[7]
    • 綴喜郡南部と相楽郡の大部分 - 京言葉の使用やや少ない。親愛表現「-らる」あり。
    • 葛野郡(現在の右京区中川・小野郷) - 京言葉の使用やや少ない。親愛表現「-らる」あり。逆接助詞「けんど」など、丹波言葉の影響あり。

奥村は、丹後・丹波間と比べて丹波・山城間の方言差はそれほど著しくなく、口丹波北桑田郡(特に京北と広河原)は京言葉的傾向がかなり多いとした[7]。楳垣によれば、京言葉の影響は口丹波だけでなく福井県若狭滋賀県三重県北部(北伊勢伊賀)にも及び、奈良県北部も「年配の人達は京言葉に近く、若い人ほど大阪弁的になる中間地域」だという[8]。また山本俊治によれば、大阪府内でも、三島地区北河内の淀川沿いや能勢町歌垣村の方言には京都の影響が見られるという[9]

京都市中心部の京言葉は位相の面で、京都御所で話された公家言葉御所言葉)と市中で話される町ことば町方ことば)に大きく分けられる。前者は室町時代初期の女官の話し言葉が起源で、宮中・宮家公家で使われ、明治以降も一部の尼門跡で継承されている。後者は話者の職業や地域によってさらに細かく分類することができ、その例として井之口有一と堀井令以知は以下の4つを挙げている[10]

  • 中京ことば - 中京区を中心として、室町問屋街などで話されることば。
  • 西陣の職人ことば - 西陣の機屋(西陣織)の人々のことば。
  • 祇園の花街ことば - 祇園を中心とする花街の舞妓芸妓によって話されることば。客の前など口頭では都合の悪いやりとりをする際には、簡易的な手話のような「身振り語」も用いられる。
  • 伝統産業語 - 京焼京友禅・京扇子といった伝統工芸の現場で話される職業語(業界用語)。

このほか、八瀬・大原大原女も参照)・北白川高雄・大枝など[11]、郊外の農村に特有の方言もあった。


  1. ^ a b 佐藤編(2009)、210-217頁。
  2. ^ 楳垣(1949), 26頁。
  3. ^ 楳垣(1950)、32-34頁。
  4. ^ 岸江信介・井上文子『京都市方言の動態』1997年、近畿方言研究会。
  5. ^ 方言がかわいい「都道府県」ランキング、gooランキング、2019年12月12日更新、2020年5月20日閲覧。
  6. ^ 楳垣(1949), 4-5頁。
  7. ^ a b c 奥村(1962), 262-267頁。
  8. ^ 楳垣編(1962), 14頁。
  9. ^ 楳垣編(1962), 428頁。
  10. ^ 井之口・堀井(1992), 289-290頁。
  11. ^ 井之口・堀井(1992), 290頁。
  12. ^ 楳垣編(1962), 17-18頁。
  13. ^ a b c d e f 奥村(1962), 269-273頁。
  14. ^ a b c d e f 井之口・堀井(1992), 302-306頁。
  15. ^ 楳垣(1949), 131-137頁。
  16. ^ a b c 松丸(2018)
  17. ^ 中井幸比古『京阪系アクセント辞典』、2002年、勉誠出版、52頁。
  18. ^ 奥村(1962), 275-276頁。
  19. ^ 楳垣(1949), 168頁。出典では五段活用だけ語幹を省略して書き表しているが、ここでは他の活用形に合わせて五段活用にも語幹を補った。
  20. ^ 出典は歴史的仮名遣いの関係から「四段」としている。
  21. ^ 出典は歴史的仮名遣いで「行か(う)」としているが、引用にあたって現代仮名遣いに改めた。
  22. ^ a b c d e 楳垣(1949),170-171頁。
  23. ^ a b 楳垣(1950), 34頁。
  24. ^ a b c d 奥村(1962), 288-289頁。
  25. ^ 楳垣(1949), 177頁。
  26. ^ 楳垣(1949), 179頁。
  27. ^ a b 楳垣(1949), 185-187頁。
  28. ^ 奥村(1962), 283頁。
  29. ^ 奥村(1962), 285頁。
  30. ^ a b c d e 楳垣(1949), 183-185頁。
  31. ^ 奥村(1962), 280頁。
  32. ^ 真田監修(2018), 150-152
  33. ^ 楳垣(1950), 28-29頁。
  34. ^ a b c 奥村(1962), 280-283頁。
  35. ^ a b c d e f g h i 楳垣(1949), 191-194頁。
  36. ^ a b 岸江信介「京阪方言における親愛表現構造の枠組み」『日本語科学』、国立国語研究所、1998年。 
  37. ^ a b c d e f g h 楳垣(1949), 171-175頁。
  38. ^ a b 奥村(1962), 287頁。
  39. ^ a b c d 楳垣(1949), 190頁。
  40. ^ a b c d e f 楳垣(1950), 32頁。
  41. ^ a b c d e f g h i j k l m n 楳垣(1949), 151-165頁。
  42. ^ a b c d e 奥村(1962), 277-279頁。
  43. ^ 奥村(1962), 286頁。
  44. ^ 楳垣(1949), 166頁。
  45. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w 楳垣(1949)
  46. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w 奥村(1962), 289-297頁。
  47. ^ 井之口・堀井(1992), 296頁。
  48. ^ 井之口・堀井(1992), 297頁。
  49. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an 堀井・井之口(1992)
  50. ^ a b c d e f 札埜和男『大阪弁「ほんまもん」講座』2006年、新潮社、p122
  51. ^ 楳垣編(1962), 584-587頁。
  52. ^ 国立国語研究所(上村幸雄、徳川宗賢)「京都市方言」『方言録音資料シリーズ』第11巻、国立国語研究所話しことば研究室、1969年。 


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