ボーイング787
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/19 09:10 UTC 版)
機体
中型のワイドボディ機で、ナローボディの757やセミワイドボディの767、および777の一部の後継機と位置づけられている。特にターゲットとなる767より、航続距離や巡航速度は大幅に上回るとともに、燃費も向上している。東レ製の炭素繊維(カーボンファイバー)を使用した炭素繊維強化プラスチック等の複合材料の使用比率が約50 %[注 2][24]であり、残り半分が複合材料に適さないエンジン等なので、実質機体は完全に複合材料化されたといえる。また、米ボーイング社の製品でありながら、B787の生産には日本のメーカーが深く関わっている。 機体製造の35 %を富士重工業、川崎重工業、三菱重工業の3社が担当している。
概要
胴体は767、あるいはエアバスA330クラスより太く、客室の座席配列はエコノミークラスで2-4-2の8アブレストが基本であるが、3-3-3の9アブレストでも従来の旅客機、737や747のエコノミークラスとほぼ同等の座席幅を確保でき、日本航空を除く航空会社は全て[要出典]9アブレスト仕様で発注、運航している。ただし同社で8アブレストなのは国際線機材となり、2019年10月から導入される国内線機材は9アブレストとなる。この太い胴体のため、床下貨物室にLD-3コンテナを2個並列に搭載可能である(床下にLD-3が並列搭載できないことは、A300やA330と比較した時に767の重大な欠点であった)。
客室は従来より天井が200 mm高くなっている。面積比で767の約1.2倍、777の約1.3倍、A350の1.65倍の大型の窓が採用され、窓側でなくとも外の景色を見ることができるという。窓はシェードがなく、代わりにエレクトロクロミズムを使った電子カーテンを使用し、乗客各自が窓の透過光量を調節することになる(乗務員操作により全窓の一斉調節や固定も可能)。この電子シェードは、一番暗いときでも透明度が5%あるため、少し外の景色を楽しめる一方、GPSの信号を通さないため、客室内では受信は不可能となった。また電子シェードは客室の電源が落とされると最も暗い状態に固定され操作不能となる[25]。客室内はLED光により、様々な電色が調整できる[26]。トイレは、日本航空の主導で、TOTO・ジャムコ・ボーイングの共同開発による温水洗浄便座がオプションとして採用され[27]、全日本空輸もこれを国際線用機に採り入れている。
主翼はじめ、機体に複合材料を使用しているが、これによって腐食性等の問題が解決され、777ではコックピットのみへのオプション装備だった加湿器が、初めてキャビンに標準搭載される。「気体フィルター」と呼ばれる技術を使用した新型フィルターを搭載することにより、従来のHEPAフィルターでは除去できなかった気体分子も除去できるようになった。これにより、少なくとも乾燥が原因で発生する健康上の症状は半減するとしている。
コックピットは、777のようなLCDを多用したグラスコックピットを進化させたものになり、従来機では機械式であったFMSもLCDに表示され、777から採用されているCCD(Cursor Control Device)等を介して操作できる。主計器ではないが、ヘッドアップディスプレイ(HUD)も装備されている。エレクトロニック・フライトバッグ(EFB)も標準装備される。開発当初、パイロット用酸素マスクは欧米人向けの形になっていたが、全日本空輸の要請により、東洋人の顔つきに合わせたマスクも作られることになった[28]。
補助動力装置(APU)の始動と非常時のバックアップ用途にジーエス・ユアサ コーポレーション製リチウムイオン電池を民間航空機で初採用[29][注 3][注 4]。
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787の客室内の大きな窓と、LED光による電色調整の様子(右と左)
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電子カーテンを最も暗くした窓(左)と最も明るくした窓(右)
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787-8のキャビン(ANA),LED照明によって虹のような配色をすることも可能。
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787のコックピット。LCDが4面並んでいる。上からつり下がっているのがHUD。
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787の機首部分。コックピットの窓が開閉しないため、緊急脱出用ハッチが機体右側(副操縦士席の上)に装備されている。
性能
巡航速度はマッハ0.85となり、マッハ0.80の767、マッハ0.83程度のA330、A340より長距離路線での所要時間が短縮されるとされる。
航続距離は基本型の787-8で最大8,500海里(15,700km)。ロサンゼルスからロンドン、あるいはニューヨークから東京路線をカバーするのに十分であり、東京からヨハネスブルグへノンストップで飛ぶことも可能である。機種性能としてETOPS-330の取得が可能である[31]。
767と比較すると燃費は20%向上するとされている。これはCruise FlapsやSpoiler Droopなどによる空力改善・複合材(炭素繊維素材)の多用による軽量化・エンジンの燃費の改善・これらの相乗効果によるものだという。軽量化によって最大旅客数も若干増加している。
787-9では、垂直尾翼のハイブリッド層流制御機構などにより、さらなる低燃費を追求している。
エンジン
エンジンは、ロールス・ロイス・ホールディングスのトレント1000と、ゼネラル・エレクトリックのGEnxが用意されている。これらのエンジンも国際共同開発である。電気接続のインターフェースを標準化したため、これら2種類のエンジンの交換が可能とされており、将来の技術進歩により高性能エンジンが開発された際に異なるメーカーのエンジンと取り替えることが可能になった。
エンジン始動と発電の両方を行うスタータジェネレータを採用し、従来ブリードエアとスタータタービンにより行っていたエンジン始動の電動化、エアコンや翼縁解氷装置などもブリードエアを使わず電化する(エンジンナセル(エンジンポッド)の防氷については、他の機種同様にブリードエアを使用)などにより、エンジンコンプレッサからの抽気(ブリード)をほとんど廃止することで燃費向上を図ることができたとされる[32]。
外見からもわかる、エンジンナセル後端のギザギザのシェブロンパターンは、「シェブロンノズル」と呼びファン流と燃焼ガス流を混合して騒音を低下させる効果を狙ったものである。
ローンチカスタマーの全日本空輸はロールスロイス製エンジンを選択した[33]が、ボーイングの旅客機でアメリカ製以外のエンジンを搭載した仕様によるローンチは、過去に757の事例があるのみである[34]。しかしながら、全日本空輸のロールスロイス製エンジンのブレードに欠陥が発覚。納入した全機種のエンジンのブレードを交換するということになり、またもや大混乱に陥ることとなった。
2020年2月25日にANAはゼネラルエレクトリック製のGEnx-1Bを搭載した787-10(確定11機)、787-9(確定4機、オプション5機)を追加発注したためニュージーランド航空に続きロールスロイス製のエンジンとゼネラルエレクトリック製のエンジンの両方をオペレーションする航空会社となった。
国際共同事業の推進
787は、機体の70%近くを海外メーカーを含めた約70社に開発させる国際共同事業である。これによって開発費を分散して負担できるとともに、世界中の最高技術を結集した機体になるとしている。参加企業は下請けを含めると世界で900社におよぶ。イタリア、イギリス、フランス、カナダ、オーストラリア、韓国、中華人民共和国といった国々が分担生産に参加しており、日本からも三菱重工業を始めとして数十社が参加している。ボーイング社外で製造された大型機体部品やエンジン等を最終組立工場に搬送するため、貨物型の747を改造した専用輸送機「ボーイング747LCF ドリームリフター」が用いられており[注 5]、日本では部品の生産工場が「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特区」(国指定国際戦略総合特区)[35]である愛知県・岐阜県を中心としたエリアに存在するため中部国際空港に定期的に飛来している[36][37]。
三菱重工業は747X計画時の2000年5月にボーイングとの包括提携を実現しており、機体製造における優位性を持っている。1994年に重要部分の日本担当が決定しており、三菱は海外企業として初めて主翼を担当(三菱が開発した炭素繊維複合材料は、F-2戦闘機の共同開発に際して航空機に初めて使用された。この時、アメリカ側も炭素系複合材の研究を行っていたものの、三菱側が開発した複合材の方が優秀であると評価を受けたため、三菱は主翼の製造の権利を勝ち取っている)、川崎重工業が主翼と中胴の結合部と中央翼、富士重工業(現・SUBARU)がセンターボックスと主翼フェアリングに内定していた。計画は747Xからソニック・クルーザーを経て787となり、三菱が主翼、川崎が前方胴体・主翼固定後縁・主脚格納庫、富士が中央翼・主脚格納庫の組立てと中央翼との結合を担当している。エンジンでも、トレント1000に川崎、GEnxにIHI、両エンジンに三菱(名誘)が参加している。日本の分担割合は35%である[38]。
機体重量比の半分以上に日本が得意分野とする炭素繊維複合材料(1機あたり炭素繊維複合材料で35t以上、炭素繊維で23t以上)が採用されており、世界最大のPAN系炭素繊維メーカーである東レは、ボーイングと一次構造材料向けに2006年から2021年までの16年間の長期供給契約に調印し、使用される炭素繊維材料の全量を供給する[39]。
品質管理問題
2019年、KLMオランダ航空がサウスカロライナ州ノースチャールストンのサウスカロライナ工場で製造された787-10型機の品質が「受入基準を下回っている」として苦情を申し立てていることが報じられた。KLMオランダ航空によると、座席の固定が甘かったり、固定ピンが欠品または適切に取り付けられていない、ナットやボルトの締付が不完全、燃料配管のクランプが固定されていないなどの問題が見つかったという[40]。 これ以前にも、作業者の習熟不足により機体の安全性に懸念が持たれていた[41]。
2020年8月末には、サウスカロライナ工場での不適切な胴体部シム張り作業や内側外板仕上げ作業が発覚したためユナイテッド航空、エアカナダ、全日本空輸、シンガポール航空、エア・ヨーロッパ、ノルウェー・エアシャトル、エティハド航空の各社が運航する787 計8機が地上待機となった[42]。 これらの欠陥は、限界荷重において材料の早期疲労や構造欠陥を発生させる可能性がある。ボーイングは2019年8月に欠陥のあるシムを特定していた[43]が、それを使用した機体が地上待機になったのは、ニューヨーク・タイムズがサウスカロライナ工場での787の品質管理問題を報道してから1年も経った後のことであった[44]。
2020年9月7日には、ウォール・ストリート・ジャーナルがFAAにより2011年の787型機投入時点に遡ってボーイングの品質管理不備に関する調査が行われていると報じた。ボーイングは、FAAに対して787の後部胴体に製造基準を満たさない「不適合」部位があることを申告し、FAAは上級者レビューにおいて2011年以降に納入された約1,000機のうち約900機に追加検査を要求することを検討していていた[42]。ボーイングはかつて品質マネジメントシステムにより900人の品質検査員を削減しても問題になることはないと主張していたが、実際にはその品質マネジメントシステムでシムや外板の瑕疵を見抜くことができていなかったことから、FAAの審問に付されることとなった[45]。
2020年9月8日には、ボーイングは水平安定板にも品質管理上の問題があり、893機に影響があると発表した。ソルトレイクシティでの尾部組立作業において締付強度を強くしすぎたため材料の疲労が早まる可能性があるというもので、ボーイングは最近の品質管理問題によって短期的には機体引き渡しのペースが鈍化する見通しで、運航中の機体についても修理を行うことを検討していると発表した[46]。
2020年9月10日にはロイターがシアトルのラジオ局KOMOの報道を引用して、ボーイングの技術者は6ヶ月前から787の垂直尾翼に段差があり、数百機に影響すると申し立てていると報じた。サウスカロライナ工場およびエバレット工場において、ファスナの最終取付工程の前にシムが不適切に取り外されており、限界荷重条件における構造欠陥を招く恐れがあった。FAAとの協議は保留されているが、ボーイングとしては定期整備中に一度、問題の有無を確認するための追加検査を行うことになると想定しているという[47][48]。
2021年1月時点で、ボーイングは一連の品質管理問題に関連する検査を完了させるため、機体引き渡しを停止していた[49]。同年3月にFAAは787の新造機4機の検査・承認にかかるボーイングの組織認証許可を取り下げるとともに、必要であればこの措置を他機種にも拡大すると表明した[50]。結局、ボーイングは同年3月26日のユナイテッド航空向け787-9から引き渡しを再開した[51]。
2021年7月13日には前部圧力隔壁に段差が見つかったことを受けて生産ペースが落とされた。同社はこの問題が就航中の787に影響するか調査すると表明した[52]が、その確認のための検査プロセスに疑念を持たれることとなった。FAAは、この問題は「直ちに飛行安全に影響するものではない」とし、ボーイングもFAAと共働して問題の解決にあたり、就航中の機体を地上待機とする必要はないとした[53]。
2021年9月4日には、FAAがボーイングの「機体全てを確認するのではなく、範囲を絞って迅速に検査を行うことで機体引き渡しを加速する」という提案を、少なくとも同年10月末までは却下したと報じた[54]。
2021年10月14日には、ボーイングがチタン製の床梁固定用金具などについて、過去3年間に渡って不適切に製造されていたと発表した。レオナルド経由でイタリアのMPS社から購入していたもので、同社はFAAに報告するとともに、安全性に直ちに影響する物ではなく、欠陥部品が使用されている機体を調査しているという[55]。
注釈
- ^ ボーイング787の通常塗装機に‘787’ペイント - 全日本空輸プレスリリース 2011年12月27日。通常塗装に型式名を大書する事例(機体後部の登録記号と併記するものは除く)は、同社の777-200以来となる(777-200の導入当初は1 - 3号機の垂直尾翼に「ANA」の代わりに「777」と表記していた)。
- ^ 757・767で3 %、777で11 %の使用比率[23]
- ^ 機体後方の電気室内にあるAPU用リチウムイオンバッテリー。英メギット傘下のセキュラプレーン・テクノロジー製造、電池本体はGSユアサ製造。セルとバッテリーが75Ah、公称電圧はセルが3.7V、バッテリーが29.6V。
- ^ マサチューセッツ工科大学教授・ドナルド・サドウェイ(材料化学)は、発火しやすい有機電解質を含むリチウムイオン電池ではなくニッケル水素電池を採用すべきだったとする。特に発熱の多い電池を冷却無しに高密度で実装しているため熱の逃げ場がなくなっているのに、コンピュータ制御で飛行の安全を確保できるという考え方に疑問を呈している[30]。
- ^ もっとも、最近は増産体制にあり、輸送が間に合わないことから、ドリームリフターによる輸送に加えて、ロシアのヴォルガ・ドニエプル航空のアントノフ An-124がチャーターされている。
出典
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