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しゃか 【釈迦】
(1)紀元前七~六世紀頃、ヒマラヤ山麓ネパールに居住していた部族。釈迦(2)も釈迦族の出身。
(2)仏教の開祖。世界四聖の一人。姓はゴータマ、名はシッタルタ。中部ネパールの釈迦族の中心地迦毘羅(かびら)城に浄飯王(じようぼんのう)の子として生まれる。母は摩耶夫人(まやぶにん)。二九歳で出家、三五歳で悟りを得た。のち鹿野園(ろくやおん)で五人の修行者を教化し(仏教教団の成立)、以後八〇歳で入滅(にゆうめつ)するまで教化の旅を続けた。教説は四諦(したい)・八正道(はつしようどう)・十二縁起などでまとめられる。生没年は紀元前463~383年、同560~480年など諸説ある。釈迦牟尼(しやかむに)。釈尊。釈迦如来。
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釈迦
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/03 21:10 UTC 版)
釈迦(釋迦、しゃか、 梵名:シャーキャ、शाक्य [zaakya](Śākya)、紀元前463年? - 紀元前383年?)は、仏教の開祖である。
本名(俗名)は、パーリ語形 ゴータマ・シッダッタ(Gotama Siddhattha)またはサンスクリット語形 ガウタマ・シッダールタ(गौतम सिद्धार्थ [Gautama Siddhārtha])、漢訳では瞿曇 悉達多(クドン・シッダッタ)と伝えられる。
脚注
- ^ グレゴリオ暦4月 - 5月
- ^ ヴァイシャーカ月はインドでは2月にあたりインドは太陰太陽暦で満月の日は15日にあたるため、中国伝来の際2月15日 (旧暦)とされた
- ^ 釈迦の入滅年時については、仏典により色々な説がある。一般には紀元前486年(衆聖点記説)を用い、宇井伯寿の前386年説も仏教における学会で用いられている。
- ^ 1898年にカピラヴァットゥから約13キロメートル隔たったピプラーワーで、イギリスの駐在官ペッペが発見した遺骨の壺は、考古学的な鑑定の結果、現在では真の仏舎利として最も信憑性があるとされている(中村元(1970)および外務省HP参照)。この壺は当時のイギリス領インド政府からタイ王室に譲り渡され、仏舎利の一部は日本では覚王山日泰寺に納められている。参考:外務省HP:日泰寺
出典
- ^ 平川彰『インド仏教史』上巻(春秋社,1974), p.33「南北両伝の間には約百年の違いがあるが、これを会通し、万人を納得せしめる結論を導き出すことは、現在としては不可能である。」
- ^ 中村元『ゴータマ・ブッダ I』, p.107「仏滅年代論については、異説がきわめて多く、百種以上ある。」
- ^ 中村元の岩波文庫版『ブッダのことば スッタニパータ』解説より、初版1984年
- ^ 『全訳マルコ・ポーロ東方見聞録 〈驚異の書〉』岩波書店、156頁。fr.2810写本による。
- ^ 愛宕松男訳注『完訳 東方見聞録 第2巻』 平凡社東洋文庫、206頁。
- ^ a b c d 高橋紳吾 『超能力と霊能者-叢書 現代の宗教<8>』 岩波書店、1997年、215-216頁。ISBN 4000260782。
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