生物学研究
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昭和天皇は生物学者として海洋生物や植物の研究にも力を注いだ。1925年(大正14年)6月に赤坂離宮内に生物学御研究室が創設され、御用掛の服部廣太郎の勧めにより、変形菌類(粘菌)とヒドロ虫類(ヒドロゾア)の分類学的研究を始めた。1928年(昭和3年)9月には皇居内に生物学御研究所が建設された。1929年(昭和4年)には自ら在野の粘菌研究第一人者・南方熊楠のもとを訪れて進講を受けた。もっとも、時局の逼迫によりこれらの研究はままならず、研究成果の多くは戦後発表されている。ヒドロ虫類についての研究は裕仁(あるいは日本国天皇)の名で発表されており、『日本産1新属1新種の記載をともなうカゴメウミヒドラ科Clathrozonidaeのヒドロ虫類の検討』をはじめ、7冊が生物学御研究所から刊行されている。また、他の分野については専門の学者と共同で研究をしたり、採集品の研究を委託したりしており、その成果は生物学御研究所編図書としてこれまで20冊刊行されている。 1934年(昭和9年)には、海中生物の採集に使うための天皇陛下植物採集船として「葉山丸」が建造された。これは横須賀海軍工廠で建造された全長15.1メートルの和船型内火艇で、宮内省御用船として管理されていた。第二次世界大戦中には海軍兵学校に下賜され、戦後は英豪軍が接収して瀬戸内海でヨットとして使用していたが、1949年に退役したあとは海上保安庁の管理下に入り、復元工事ののち、再び採集作業に使われるようになった。1956年には、同庁の23メートル型港内艇「むらくも」を改装・改名した「はたぐも」がその役割を引き継いだ。そして1971年には、新造船として「まつなみ」が建造されて、3代目の採集船となった。これらの艇は、普段は通常の巡視艇と同様の警備救難業務にあたっていた。なお「はたぐも」の就役後は「葉山丸」は通常の巡視艇として用いられていたが、1967年に船体を規格12メートル型に改装した(しらぎく型)。この際に主機関は引き継がれたが、旧船体は役目を終えたことから、大山祇神社(愛媛県今治市)の海事博物館に保存、公開されている。 昭和天皇の生物学研究については、山階芳麿や黒田長礼の研究と同じく「殿様生物学」の流れを汲むものとする見解や、「その気になれば学位を取得できた」とする評価がある。一方、昭和天皇が研究題目として自然科学分野を選んだのは、純粋な個人的興味というよりも、『万葉集』以来の国見の歌同様、自然界の秩序の重要な位置にいるシャーマンとしての役割が残存しているという見解もある。これについては北一輝が昭和天皇を「クラゲの研究者」と呼び密かに軽蔑していたという渡辺京二の示すエピソードが興味深いが、数多く残されている昭和天皇自身が直接生物学に関して行った発言には、この見解を肯定するものは見当たらない。昭和天皇の学友で掌典長も務めた永積寅彦は生物学研究の上からも堅い信仰を持っていたのではないかと語っている。また、詠んだ和歌の中で、干拓事業の進む有明海の固有の生物の絶滅を憂うる心情を詠いつつ、その想いを「祈る」と天皇としては禁句とされる語を使っている点に特異な点があることを、自然保護運動家の山下弘文などが指摘している。 昭和天皇の海洋生物研究の一部は明仁の研究とともに、新江ノ島水族館(神奈川県藤沢市)で公開されている。 昭和天皇の研究著書日本産1新属1新種の記載をともなうカゴメウミヒドラ科Clathrozonidaeのヒドロ虫類の検討(1967年2月) 天草諸島のヒドロ虫類(1969年9月) カゴメウミヒドラClathrozoon wilsoni Spencerに関する追補(1971年9月) 小笠原諸島のヒドロゾア類(1974年11月) 紅海アカバ湾産ヒドロ虫類5種(1977年11月) 伊豆大島および新島のヒドロ虫類(1983年6月) パナマ湾産の新ヒドロ虫Hydractinia bayeri n.sp.ベイヤーウミヒドラ(1984年6月) 相模湾産ヒドロ虫類(1988年8月) 相模湾産ヒドロ虫類 2(1995年12月) 昭和天皇と専門の学者の共同研究那須の植物(1962年4月、三省堂) 那須の植物 追補(1963年8月、三省堂) 那須の植物誌(1972年3月、保育社) 伊豆須崎の植物(1980年11月、保育社) 那須の植物誌 続編(1985年11月、保育社) 皇居の植物(1989年11月、保育社) 昭和天皇の採集品を基に専門の学者がまとめたもの相模湾産後鰓類図譜(馬場菊太郎)(1949年9月、岩波書店) 相模湾産海鞘類図譜(時岡隆)(1953年6月、岩波書店) 相模湾産後鰓類図譜 補遺(馬場菊太郎)(1955年4月、岩波書店) 増訂 那須産変形菌類図説(服部廣太郎)(1964年10月、三省堂) 相模湾産蟹類(酒井恒)(1965年4月、丸善) 相模湾産ヒドロ珊瑚類および石珊瑚類 (江口元起)(1968年4月、丸善) 相模湾産貝類(黒田徳米・波部忠重・大山桂) (1971年9月、丸善) 相模湾産海星類(林良二)(1973年12月、保育社) 相模湾産甲殻異尾類 (三宅貞祥)(1978年10月、保育社) 伊豆半島沿岸および新島の吸管虫エフェロタ属(柳生亮三)(1980年10月、保育社) 相模湾産蛇尾類(入村精一)(1982年3月、丸善) 相模湾産海胆類(重井陸夫)(1986年4月、丸善) 相模湾産海蜘蛛類(中村光一郎)(1987年3月、丸善) 相模湾産尋常海綿類(谷田専治)(1989年11月、丸善) 相模湾産八放サンゴ類(今原幸光・岩瀬文人・並河洋)(2014年3月、東海大学出版会) 昭和天皇が発表したヒドロ虫類の新種Clytia delicatula var. amakusana Hirohito, 1969 アマクサウミコップ C.multiannulata Hirohito, 1995 クルワウミコップ Corydendrium album Hirohito, 1988 フサクラバモドキ C. brevicaulis Hirohito, 1988 コフサクラバ Corymorpha sagamina Hirohito, 1988 サガミオオウミヒドラ Coryne sagamiensis Hirohito, 1988 サガミタマウミヒドラ Cuspidella urceolata Hirohito, 1995 ツボヒメコップ Dynamena ogasawarana Hirohito, 1974 オガサワラウミカビ Halecium perexiguum Hirohito, 1995 ミジンホソガヤ H. pyriforme Hirohito, 1995 ナシガタホソガヤ Hydractinia bayeri Hirohito, 1984 ベイヤーウミヒドラ H. cryptogonia Hirohito, 1988 チビウミヒドラ H. granulata Hirohito, 1988 アラレウミヒドラ Hydrodendron leloupi Hirohito, 1983 ツリガネホソトゲガヤ H. stechowi Hirohito, 1995 オオホソトゲガヤ H. violaceum Hirohito, 1995 ムラサキホソトゲガヤ Perarella parastichopae Hirohito, 1988 ナマコウミヒドラ Podocoryne hayamaensis Hirohito, 1988 ハヤマコツブクラゲ Pseudoclathrozoon cryptolarioides Hirohito, 1967 キセルカゴメウミヒドラ Rhizorhagium sagamiense Hirohito, 1988 ヒメウミヒドラ Rosalinda sagamina Hirohito, 1988 センナリウミヒドラモドキ Scandia najimaensis Hirohito, 1995 ナジマコップガヤモドキ Sertularia stechowi Hirohito, 1995 ステッヒョウウミシバ Stylactis brachyurae Hirohito, 1988 サカズキアミネウミヒドラ S. inabai Hirohito, 1988 イナバアミネウミヒドラ S. monoon Hirohito, 1988 タマゴアミネウミヒドラ S. reticulata Hirohito, 1988 アミネウミヒドラ S. (?) sagamiensis Hirohito, 1988 サガミアミネウミヒドラ S. spinipapillaris Hirohito, 1988 チクビアミネウミヒドラ Tetrapoma fasciculatum Hirohito, 1995 タバヨベンヒメコップガヤ Tripoma arboreum Hirohito, 1995 ミツバヒメコップガヤ Tubularia japonica Hirohito, 1988 ヤマトクダウミヒドラ Zygophylax sagamiensis Hirohito, 1983 サガミタバキセルガヤ
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