ルーチェとは?

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農林水産省農林水産省

ルーチェ【ルーチェ】(草花類)

登録番号 第14952号
登録年月日 2007年 3月 2日
農林水産植物の種類 カーネーション
登録品種の名称及びその読み ルーチェ
 よみ:ルーチェ
品種登録の有効期限 25 年
育成者権の消滅  
品種登録者の名称 P.コーイ&ゾーネン社
品種登録者の住所 オランダ王国 1432GP アールスメール ホーンウェッヒ 132
登録品種の育成をした者の氏名 吉田洋之
登録品種の植物体の特性の概要
この品種は、出願所有育成系統どうしを交配して育成されたものであり、花は淡黄緑色の盛咲で、中輪の1花茎当たりの花数がやや少、花柄当たりの最多花数が少の切花向きの品種である。草姿直立開花草丈はかなり高、節数はやや少である。茎の長径はやや細、硬さ及び折れ難易は中、中央部の色は濃緑、ろう質及び立茎数は中、1茎の側芽及び側枝数は少、側枝の着生位置は主に中部節間長はやや長、最長節間位置は第4節である。葉全体の形は針形先端部の形は鋭くとがる、葉巻き程度は巻く、最大葉長はやや長、葉幅はかなり狭、葉色濃緑、ろう質は中である。つぼみの形は楕円形大きさは中、花の重ね八重、上から見た花形円形側面から見た花形は盛咲、花径は中、表面の色は淡黄緑(JHS カラーチャート3102)、裏面の色は淡緑黄(同2903)、色彩模様単一花弁波状程度波状鋸歯深さは浅、数は少、花弁長さは中、幅はやや広、数は少、花柱の数は2、ほう葉の形はⅠ型、数は4枚、長さはやや短、がくの形は鐘形がく筒の色は緑、がくの太さは中、長さはやや長、1花茎当たりの花数はやや少、花柄当たりの最多花数は少、花の香りは弱である。開花習性四季咲き早晩性は早生である。「グアルンスイエロー」と比較して、花の表面の色が淡黄緑であること、花柱の数が少ないこと等で、「コレノ」と比較して、早生であること等で、「ダイピスタチオ」と比較して、花の表面の色が淡黄緑であること、早生であること等で区別性が認められる。
登録品種の育成経過概要
この品種は、平成8年育成者の所属する会社温室栃木県小山市)において、出願所有育成系統どうしを交配し、その実生の中から選抜以後増殖行いながら特性の調査継続し、11年にその特性が安定していることを確認して育成完了したものである




ウィキペディア

ウィキペディアウィキペディア

マツダ・ルーチェ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2009/12/24 13:30 UTC 版)

(ルーチェ から転送)

マツダ・ルーチェ (LUCE) は、マツダから製造・発売された乗用車。マツダのプレステージセダンとして発売。

3代目後期型と5代目は「メルセデス・ベンツに似ている」という意見も聞かれたため、「広島(産)ベンツ」と呼ばれた事もあった(5代目については実際、広報資料では当時のベンツ・ミディアムクラスとツーショットで「日本のベンツです。」と謳っていた)。

目次

歴史

初代(1966年-1972年)

初代ルーチェ(1500DX 1968-72年モデル)
  • 1966年発売。スタイリングは、当時ベルトーネに在籍していたジョルジェット・ジウジアーロで、当時の競合車種、トヨペット・コロナダットサン・ブルーバードプリンス・スカイラインといった1500ccクラスのファミリーセダンとはまったく別次元の美しさであった。
    ボディサイズはそれらに比べ、若干大きめで、ライバル車がいずれも5人乗りであったのに対し、ルーチェは2000ccクラスのセダンで一般的だった、フロント3人掛けの6人乗りであり、広告でもこの点がアピールされていた。初期の広告の「子どもは法律上三人で(大人)二人と換算されるので、8人乗りも可能です」というフレーズは、当時の市場の要求をよく反映している。2年後に相次いで発売される、日産・ローレルトヨタ・マークIIなどの、いわゆるハイオーナーカーの先駆的な存在であったといえる。
    また、開発初期に、同じベルトーネのスタイリングながら、市販車とはまったく異なる姿のプロトタイプがあったことが知られており、幻となったプロトタイプは、大盛屋のミニカー、ミクロペットにその姿を残している。
  • 1966年8月 4ドアセダン1500が発売される。(営業車向けのいわゆるスタンダード)
  • 1967年6月 SS追加。エンジンをツインキャブなどでチューンした高性能モデル
  • 同年10月26日 第14回東京モーターショーのマツダブースに、「ファミリアロータリークーペ」となることが予想されていた「RX85」と、より大きな「RX87」の、2台のプロトタイプが出品される。この「RX87」は後に「マツダ・ルーチェロータリークーペ」となり、1969年から1972年まで976台が生産されたが、機構的には別物の前輪駆動車であった。
  • 1968年12月 1800が追加される。1500もSSを含め併売される。大きな車体に1500ではパワー不足は明らかであったための追加投入。ボンネット中央に大きなエアスクープが追加されたので識別は容易。ただオリジナルデザインの美しさは損なわれた。しかし1800の投入タイミングは遅きに失した感が強く、オート三輪軽自動車を主力とした当時のマツダの販売力では、需要層であるアッパーミドル層へ浸透しにくかったこともあって、販売は苦戦続きであった。むしろデザインの美しさを買われ、欧州向け輸出の方が好調だった。
  • 1970年代に入るとマツダ自身も、カペラグランドファミリアなど、より時流に乗じたデザインの新型車を続々投入し、初代ルーチェは忘れられた存在になっていく。

2代目(LA2・3系、1972年-1978年)

2代目ルーチェ・カスタム
  • 2代目はトヨタ・マークII日産・ローレル日産・スカイラインを強く意識した旧型とはまったく違うテイストのデザインとなった。ボディタイプは4ドアセダン、2ドアハードトップ、そして4ドアセダンに2ドアのフロントマスク・インパネを装着した「カスタム」の3種類。
  •  ロータリー車のMTには通常の乾式クラッチの他に、「トルクグライド」と称する流体クラッチが採用された。レシプロエンジンに比べて低回転域のトルクが弱く、低回転時の振動が多いロータリーエンジンのトルク増幅効果と振動軽減を狙い採用された機構で、通常の5速MTのパターンにATと同じ駐車用のPポジションが設けられている。
  •  デビュー当時から低公害仕様のAPモデルが用意され、東京都など公害問題に関心の高かった自治体の公用車に黒塗りのセダンGRモデルが多用された。ちょうど昨今のトヨタ・プリウスのような存在であったが、このブームは翌年の第一次石油危機でたちまち終息した。


  • 1972年11月 フルモデルチェンジされる。ロータリーエンジン(573cc×2・RE)搭載。
  • 1973年4月 VC型レシプロエンジン搭載の1800追加。
  • 1973年6月 50年排ガス規制(A-)に適応したAP仕様発売。(優遇税制適用車)
  • 1973年12月 13Bロータリー搭載のグランツーリスモワゴン発売。
  • 1974年11月 不評の燃費を多少改善したREAPS4エンジン搭載。
  • 1975年10月 50年排ガス規制適用に伴うマイナーチェンジ。4ドアセダンとカスタムを統合。
  • 1976年7月 51年排ガス規制(C-)適用に伴い、VC型エンジンにFFCS(燃料流量制御装置)設置。
  • 1978年7月 3代目ルーチェレガート(LA4系)と併売していたが、車名を「ルーチェ」に統一するのに伴い、販売を終了。

3代目 LA4系(1977年-1981年)バンは1979-88年

3代目ルーチェ(後期型・写真は海外仕様車929) 3代目ルーチェ(後期型・写真は海外仕様車929)
3代目ルーチェ(後期型・写真は海外仕様車929)
  • 1977年10月 2代目の追加モデルとして高級版のルーチェ・レガートが登場。ロータリーエンジン(573×2RE/654×2RE)、4気筒2000(MA型・110馬力)。当面は2代目も併売。1976年モデルのシボレー・マリブクラシックに酷似した縦置き角型4灯式ヘッドライトが特色のボディには、当時のトヨタ・クラウン4ドアハードトップに似た4ドアHT・4ドアセダンの2バリエーションがあった。サイドビューはセダンと4ドアハードトップがほぼ同じで当時のセドリック330型と似ていた。内装も競合車と同様に豪華であった。販売の主流がロータリーエンジンでトヨタ/日産のライバル達は6気筒レシプロエンジンを搭載していたことで「ロータリーは燃費が悪い」と批判されたことと個性的過ぎたフロントマスクで販売は芳しいものではなかった。
  • 1978年7月 運輸省への形式認定申請をルーチェで行っていたことから、レガートの名称が無許可使用と見なされ使用不能となったことから、サブネームが外れ元のルーチェとなる。2代目販売終了。
  • 1978年9月 タクシー仕様車(2000LPG)追加。なお、同代のタクシー仕様車には、「中型料金・6人乗り」(コラムシフト)と「小型料金・5人乗り」(フロアシフト)の2仕様が設定されていた。タクシー仕様のカスタムスペシャル(法人向け下級グレード)は4気筒2000教習車仕様(3速フロアシフト)同様、丸型2灯式ヘッドライトだった。
  • 1979年2月 バン(1800cc)をフルモデルチェンジ。
  • 1979年3月 ロータリーエンジン搭載車の53年排ガス規制適合で654cc×2ロータリーの13B型のみとなる。
  • 1979年10月 マイナーチェンジ。フロントマスクがオーソドックスな角型2灯式ヘッドライトに変更される。特にセダンは当時のメルセデス・ベンツに近似したグリルとなった。タクシー仕様は中型仕様に統一。
  • 1980年9月 セダン2200ディーゼルとハードトップ2000EGI追加。
  • 1981年10月 セダンとハードトップがフルモデルチェンジ。バンはマイナーチェンジのうえ継続生産され、カペラカーゴが登場する88年3月まで生産販売された。

4代目 HB系(1981年-1986年)

4代目ルーチェ(写真は海外仕様車929) 4代目ルーチェ(写真は海外仕様車929)
4代目ルーチェ(写真は海外仕様車929)
  • 1981年10月 フルモデルチェンジされコスモとデザインを共通化。4ドアハードトップと4ドアサルーンを設定。プラットフォームマツダ・HBプラットフォームを採用。エンジンは従来型と同じ2.0L直4のMA型/1.8L直4のVC型をそれぞれ搭載。インパネデザインは大きく変えられハードトップ車ではメーターフードの左にエアコンとワイパーが、右にライトスイッチを装備したサテライトスイッチを装備した。この代から上位モデルのカセットプレーヤーはホーム用と同じ正立タイプとなる(この正立型カセットプレーヤーは5代目HC型にも受け継がれる)。
  • 1981年11月 省燃費対策が施された12Aロータリー6PI(6ポート・インダクション)、2200ccディーゼルを追加。
  • 1982年3月 LPGエンジンのタクシー仕様もフルモデルチェンジ。エンジンは従来型と同じLPG仕様の2.0L直4のMA型でグレードはDX(法人向け、ビニールシート)、SG-L(部分布シート)、SG-S(個人、ハイヤー向けで布シート、パワーウインド装備)の3種類。6人乗り4速MTコラムシフト(LPGタクシー専用)が標準仕様であったが、SG-Sには5人乗り5速MTフロア、6人乗りATコラム(ガソリン)も選べた。
  • 1982年10月 世界初ロータリーターボ(12A)とセダン2.0LにEGI車追加。
  • 1983年10月 大幅にマイナーチェンジ。ハイパワー仕様のRE13B-スーパーインジェクション(SI)追加。レシプロエンジン車は、2000ccのマグナムエンジンのFE型(直4EGI、直4キャブ)に統一され1800ccは廃止。ロータリーターボにも4AT車が追加される。最上級モデルLIMITEDに電子制御サスペンションAASが装備される。上級モデルは木目調の内装となる。タクシー仕様もマグナム直4のLPG仕様に変更され、グレードに関係なくAT車も選択可能になった。
  • 1985年5月 レシプロエンジン車にGENTEEL(ジェンティール)シリーズ追加。
  • 1986年9月 ルーチェのみフルモデルチェンジ。姉妹車のコスモはハードトップのみ継続され1990年3月のユーノス・コスモ登場まで継続。LPG仕様のセダンは1989年5月のカスタムキャブで再登場する。

5代目 HC系(1986年-1995年)

5代目ルーチェ 4ドアHT
5代目ルーチェ(写真は海外仕様車929)
  • 1986年9月 フルモデルチェンジでクラウンクラスにサイズアップされる。姉妹車のコスモとは分離され、メルセデス・ベンツ風の再び独自のデザインを採用。マツダのフラッグシップに相応しく車体サイズが大きくなり、居住スペースでクラウン/セドリックに追従し、装備品は後席用もかなり充実がなされた。
  • プラットフォームにマツダ・HCプラットフォームを採用。ボディタイプは従来通りプレスドアを持つ4ドアセダンとセンターピラーを持つ4ドアハードトップの2種類。
  • エンジンは廉価版にFE型2000cc直4キャブ(ガソリン仕様82馬力とLPG仕様64馬力)、マツダ初のV6レシプロエンジンであり販売の主流となるJF型でV62000EGI・110馬力、V62000EGI-TURBO・145馬力、ロータリー愛好家向けの654cc×2ロータリーターボ・180馬力)。ルーチェ及びマツダのセダンのRE車では最後の設定車となった。山本健一 (マツダ)氏の愛車としても知られる。
  • V6車とロータリー車のリアサスペンションは、新開発のE型マルチリンク式が採用された。
  • 4ドアセダンにはタクシー仕様も設定され、エンジンはFE型4気筒LPGを継承。自家用セダンとの違いとしてリヤサスは耐久性と荷重を考慮した5リンク式となる。また6人乗り仕様の計器盤はタコグラフ設置を考慮したタクシー専用でメーターパネルはBD型ファミリア後期の180km/hスケールのメーターを流用した。
  • 韓国では起亜自動車でセダンのみポテンシャという名称で生産・販売していた。
  • 1987年8月 ライバル車同様のオーバー2Lに対応するための2000ccJF型を排気量アップしたV6・3000SOHCのJE型追加。160馬力を発揮。アメリカ輸出用のマツダ・929と同じ大型バンパーを装着。
  • 1988年9月 マイナーチェンジ。V6・3000はDOHC化され、200馬力にパワーアップ。
  • 1990年2月 HTにV6・3000リミテッド・グランツーリスモが追加される。欧州仕様と同じスポーツサスペンションとメッシュタイプフロントグリルを持ち、鍛造アルミホイールを装備していた。
  • 1991年5月 自家用向けモデル生産終了。ルーチェのフルモデルチェンジという形でセンティアが後継車となるが、そのセンティアも2000年3月に生産を打ち切った。
  • ただしセダン(タクシー教習車仕様)はマツダがタクシー車市場から撤退する1995年12月まで、カスタムキャブとともに生産が続けられた。

車名の由来

関連項目

ウィキメディア・コモンズ

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