ヘリコプター
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/25 17:32 UTC 版)
降着装置
ヘリコプターは離着陸時の滑走が不要で、当初は速度や航続距離も小さく空気抵抗が大きな問題にならなかったことから、金属の棒やパイプで構成される簡素な脚「スキッド」(Skid:橇)が利用され、牽引する際に車輪の付いた台に乗せて移動させていた。機体の大型化や空港での運用効率化の観点から車輪を備えた固定脚、近年ではさらに空気抵抗を軽減するため引き込み式の車輪を採用したモデルも存在する。小型機はスキッドが主流であるが、乗り降りの際に足をかけやすくするため上面に滑り止め加工を施したり、上下2本設置したり、空気抵抗を軽減するためスキッドの形状を工夫した機体もある。
飛行速度の限界
前進飛行時
ブレードの対気速度は回転方位によって異なり、特に前進方位と後退方位(端的には機体の右に位置するか左に位置するか)ではその差が大きい。ブレードの迎角が同じであれば、揚力は速度の2乗に比例するので、左右のアンバランスが生じる。従って、前進方位にきた時には迎え角を小さくし、後退方位にきた時には迎角を大きくしてバランスをとる必要がある。これはブレードに周期的なピッチ変化(縦のサイクリックピッチ)を与えることによって行う。
限界速度付近
速度が増加すると、後退側ではますます対気速度が減少し、かつ逆流領域も増加するので迎角をより大きくする必要があるが、迎角が失速角に達するとそれ以上は揚力を増加できなくなる。一方前進側では前進速度と共に対気速度が増加し、ブレード上では音速を超える領域(端的には周速が速い先端部)が生じて衝撃波が発生し抵抗が急増する。従って、ローターを回転させるために必要なパワー(形状抗力パワー)は、後退側での失速による抵抗増大と相まって急増する。
限界速度
後退側ブレードでは、ほぼ全面が失速と逆流領域になって、揚力をほとんど発生できなくなる。そのため、前進側でもバランス上揚力を発生できないので、揚力を発生しているのは回転円面の前方と後方のみとなる。しかし、なおも速度が増加すると、それらの回転方位も失速が始まり、ローターはもはやヘリコプターを飛行させるだけの推力を発生できなくなる。これがヘリコプターの飛行速度限界であり、対気速度400.87km/hが現在の最高記録となっている[30]。
現実的な最高速度
飛行状態では、失速と衝撃波のため形状抗力パワーも非常に大きなものとなり、ローターの効率は低下する。また、大きな出力を必要とするので、エンジンとトランスミッションも大きく、重くなるなど、ヘリコプター全体の効率も低下する。従い純ヘリコプターでの対気最高速度は、経済性、現実性の観点から300km/h程度であるものが多い。
操縦
基本
ヘリコプターの操縦席は、ほとんどが機体前部に左右2座席備えられており、それらは左右で同じレイアウトのコレクティブピッチ・レバーやサイクリックピッチ・スティックが、機械的に連動されている[23]。ただし、副操縦士を伴わないで飛行することも多いため、機長席側だけに装備している場合も少なくない(副操縦士側の装備は、比較的簡単に取り外しできる場合が多い)。
固定翼機とは異なり多くのヘリコプターでは右側が主操縦席(機長席)で左側が副操縦席となる。これは左側席では計器類が座席の右側になるため、これらを操作するたびに繊細な操作が要求されるサイクリックピッチ・スティック(略称:サイクリック = 操縦桿)から手を離さなければならず、その都度左手で操縦桿を持ち直す必要がある。この煩雑さを避けるため、また安全性の点から、ほとんどの機種で機長席を右側に設定している。機長席を左側に設定している機種にはエアバス・ヘリコプターズ EC130などがある。
前後左右への進行方向の操縦はサイクリックピッチ・ステックを右手で操作することで、スワッシュプレートとピッチリンクを介してメインローターの回転面の傾きを調整して行う。上昇下降方向の操縦は左手でコレクティブピッチ・レバー (CP) を操作することで、スワッシュプレートとピッチリンクを介してメインローターブレードの迎角を増減して行う。つまり、固定翼機と異なり、“離陸のためにエンジンを吹かし対気速度を上げる”という概念はない(これをやっても単にローターの回転数が上がるだけで、迎角も操作しなければ意味がない)。
ローターの回転軸を中心にした機首方向の調整は、両足を用いて左右のラダーペダル(アンチトルクペダル)を操作することで、スワッシュプレートとピッチリンクを介してテールローターブレードの迎角を増減させて行う。
一例として、単発エンジン搭載のシングルメインローター(ローター回転方向は機体を上から見て反時計方向)という条件であれば、上昇のためCPを引き上げるとメインローターのトルクが増大して機体が右に回り始めようとするので、機首方位を保つために左ラダーペダルを踏み込み、テールローターの推力を増大させてこれを打ち消す必要がある。同時にテールローターの推力が増大すると機体が右側進を始めるので(ドリフト)、サイクリックを左に操作して右側進を止めなければならない。これら一連の特性をカップリングという。
エンジンの出力制御は、CPレバーのグリップや多発機などでは天井にあるレバーで行うが、メインローターブレードのピッチ(迎角)の増減によるエンジン回転数の制御は、ターボシャフトエンジン機の場合、エンジン回転数を一定に保つ燃料コントロール装置により、燃料量の制御が自動的に行われ補正されるので、スロットルグリップによる回転数の制御は不要である[注 4][31]。ピストンエンジン機も、エンジンガバナー(回転数補正機構)が装着されていれば、ある程度までのピッチ増減は自動補正が可能である。しかし、操作量が大きい場合やエンジンガバナーがない機種の場合などはCPレバーのスロットルグリップも操作して常に適正回転数に保つ必要がある。パイロットはこれら全ての飛行状態において、両手両足で3つの舵を調和させて操縦しなければならない(スロットルを開け、かつCPを引き、同時に左ペダルを適度に踏み込み、更にサイクリックも左に適度に押し続ける)。
前進飛行中に旋回を行う場合、右旋回ならサイクリック(操縦桿)を右へ倒し、機体を「右バンク」させると同時に、右ペダルを踏み込んで機首方向を変えるという操作を行なう。この時、バンク角に見合った適切なペダル操作を行い、機体が横滑りしないように旋回操作を行う。これらは、固定翼機と同様である。また、深いバンク角での旋回を行うと、鉛直方向の揚力が水平飛行時よりも不足し、高度が低下するので、CPレバーを引き、揚力の不足分を補う操作を同時に行う必要がある。
降下と着陸進入
水平飛行から降下への移行
水平飛行から降下へ移るのは、単に巡航高度を低高度に変更する場合と、引続き進入着陸を意図する場合がある。巡航高度を変更するだけの目的で降下する場合は、巡航速度を維持したまま降下するが、降下に引き続いて着陸を意図する場合は、着陸進入に適した降下速度にあらかじめ減速しながら降下に移る。
操作手順としては、まずCPレバーを下げて、機体に所望の降下率を与える。この時右ラダーペダルを踏んで(メインローターが上方からみて反時計方向回転の場合)、機体を横滑りさせないように操作しながら、サイクリック・スティックで所望の降下速度に調整をする。
一般にシングルロータのヘリコプタでは、CPを下げると機首が下がり、上げると機首が上がる傾向がある。従って、降下飛行に移行する場合は、機首下げによって速度が増えやすいので速度保持に注意しなければならない。
最終進入から着陸
着陸進入の形態には大別して次の3種類があり、着陸場所の地形や、離着陸機の混雑度を考慮してパイロットの判断で使い分けられる。
通常進入、高速進入、低速急角度進入
最終進入とは、着陸に対して最終的に着陸点に正対して直線進入降下飛行をいう。着陸スポットに確実に到達するために、自ら設定した経路、進入角を外れないように特に正確な操縦操作が要求される。
通常着陸進入
通常進入は、速度VY(最良上昇速度)、進入角6 - 7度で開始する。正確な進入角に乗って降下した場合、対地高度150フィート(約50メートル)から着陸に備えて減速操作を始める。
減速降下中の速度と高度の関係は、そのヘリコプタの飛行規程に示されているH-V線図(高度-速度包囲線図 Height-Velocity Envelope)を考慮した諸元に従って操縦しなければならない。
VY以下に減速すると、減速につれて沈下が大きくなるので、CPを操作して進入角を保つ。着陸スポット上にホバリングするため一定の減速率で減速を続けるが、一般的に速度計は極低速(約20ノット以下)では信頼性に欠けるため、地面の流れなど、目視感覚で速度処理をしながらスポット上に、対地高度1 - 3メートルでホバリングして着陸進入を終了する。
高速進入着陸
飛行場のような障害物のない広い場所で、後続の進入機に早く進入コースを開放するなど、必要に応じて使用される進入方法である。速度約100ノットで、通常進入よりやや浅い4 - 5度の進入角で最終進入経路に入る。
対地高度150フィート(約50m)まで速度約100ノットを維持し、そこから急減速動作に入り着陸スポット上にホバリングする進入方法で、急減速過程では、減速のための機首上げ操作により、機体が上昇しないようにCPレバーを大きく下げなければならない。そして、次にホバリングに移るためCPレバーを大きく上げる操作が必要になる。
このため、ラダーペダルの操作もCPレバーの操作に合わせて、減速過程では大きく右ラダーを踏み、ホバリングに移行する時には、大きく左ラダーを踏んで機首方位を保たなければならない。
このように高速進入から急減速停止するために、機体姿勢が大きく変化する事になり、サイクリック・ピッチ・スティック操作による機体の動き(上昇または沈下)を見て、進入角と機首方位を維持するため、CPとラダーペダルの操作の切り替えのタイミングと操舵量を瞬間的に判断して、素早い操作が求められる。
オートローテーション
エンジン故障などによって動力を失ったヘリコプターでもすぐには墜落しないように、オートローテーション(自動回転)と呼ばれる飛行方法によって緩やかに降下できるよう工夫されている。それは、カエデの種子が風を受けてクルクルと回転しながら舞い降りるように、ゆっくりと降下する方法である。
オートローテーションは、エンジンとローターとを切り離して、機体の降下によって生まれる空気の流れからメインローターの回転力を得る飛行方法であり、推力を生むメインローターだけでなくテールローターや補機類も駆動される。基本的に、ヘリコプターはオートローテーションによって、全てのエンジンが停止しても安全に着陸できる。ただし全ての飛行状態においてオートローテーションが行えるのではなく、前進速度や高度が不足している場合は、オートローテーションに移行する前に墜落してしまう可能性がある。パイロットは常にこれを念頭に置いて機体を操縦する必要がある。オートローテーションはヘリコプターの操縦に必須の技術とされており、ヘリコプターパイロットは必ず訓練を受ける。技能試験では、規定高度から地上の規定の広さの中へ安全に模擬着陸できることが要求される。
オートローテーション自体は水平速度がゼロ(つまり垂直降下)であっても可能だが、軟着陸をするためには前進速度が必要である(前進するエネルギーをメインローターの回転エネルギーに変換し、降下率を下げて軟着陸する)。
なお、機体の重量が軽すぎると、オートローテーション時にコレクティブピッチ (CP) を最大(CP レバーを最も下)にしてもローターの回転数が上がらないので、ヘリコプターには最小飛行重量が定められている。
操縦操作
全エンジンが停止した場合にはローターの駆動力が失われるので、メインローターのブレードの迎角を通常飛行時のままにしているとメインローターの回転数が急速に減少してブレードが揚力を失ってしまう。回転数の低下を防ぐため直ちにCP(コレクティブピッチ)レバーを下げてブレードをフルダウンにすると共に、右ペダル(メインローターの回転方向が上方からみて反時計回りの場合)を踏み込んで機首方向を維持し、次いでサイクリック・ピッチ・スティック(操縦桿)を操作し、希望する前進速度を得る。なお、ローターの回転数はオートローテーション時の常用最大値と最小値の間になるように、CPレバーを操作(アップ:回転数減、ダウン:回転数増)し、限界値を超えないようにする。着地時はサイクリックレバーをわずかに引いて下降速度を低下させ(このときローター回転数が上昇するので、これもCPレバーで抑える)、接地直前にCPレバーを大きく引き上げて軟着陸する。
飛行回避領域/高度-速度包囲線図
高度-速度包囲線図(height-velocity-envelope、H-V線図)は、通常飛行からオートローテーションに安全に移行できる高度と速度との関係を表した図である。ヘリコプターが通常飛行からオートローテーションに移行するにはある程度時間がかかり、その間に高度が低下する。したがって、速度が低い場合は高度の制限が、高度が低い場合は速度の制限が設けられる。この制限内ではオートローテーションに移行しようとしても、適度の沈下率と前進速度を保つことができず、地面に安全に着陸することができない。双発エンジンの機体では、片発故障時に対してだけH-V線図が規定されていて、制限範囲は小さくなる。また、機種によっては機体重量が軽いときには制限範囲がなくなる場合もある。デッドマンズカーブ (dead man's curve) という別名もあるが、デッドが死を意味するので避けられ、現在はH-V線図と表記されることが多くなっている[19]。
曲技飛行
固定翼機で行われる曲技飛行の機動の多くは、飛行方法の異なるヘリコプターでの実行は困難だが、1949年にヘリコプターでは世界初とされるループ(宙返り)がシコルスキー S-52で記録されている[32](つまり、映画「ブルーサンダー」のクライマックスのような光景は実際には不可能ではない)。 1970年代にもS-67[33] やCH-53[34] といったシコルスキー機はデモンストレーションにてループまたはロール(横転)を披露している。 シコルスキー以外でもヒューズ 500[35] やベル 407[36] といった全関節型ローター機の他、ロッキード XH-51[37]、AH-64 アパッチ[38]、ユーロコプター ティーガー[39]、アグスタウェストランド リンクス[40]、MBB Bo 105[41] といったリジッドローター機、OH-1[42] やEC 120といったベアリングレスローター機でループやロールの実績がある。
これらの機体が航空祭などで曲技飛行を披露しており、スペイン空軍では練習機として導入したEC 120で飛行教官による曲技飛行隊『Patrulla ASPA』を結成している。
無線操縦ヘリコプターの世界では、ローターピッチをマイナス角に操作する事で背面飛行まで可能となっているのみならず、固定翼機でも考えられない激しい機動を実現している[43]。
注釈
- ^ この点を改善したのが、ティルトローター機やティルトウイング機である。
- ^ ただし最近では、写真・映像の撮影という用途には、小型無人ヘリコプターよりも、マルチコプター(ドローン)が用いられることが増えている。
- ^ かつては計器飛行に対応する航法装置を搭載した機体が高価なため、自衛隊などでは計器飛行証明を取得するのに固定翼機で訓練を行っていた。アビオニクスの高度化・低価格化により廉価モデルにも計器飛行に対応した航法装置が装備できるようになり、ヘリコプターのみで訓練が完結するようになった。
- ^ 21世紀現在、ヘリコプター用のエンジンはターボシャフトエンジンが主力である。固定翼ジェット機のエンジン出力の制御がエンジンの燃料供給量の増減を主とするエンジン回転数制御によって行われているのに対して、新しいジェット・ヘリコプターのエンジン回転数制御は、基本的にパイロットは平常時においてはあまり関与せずにエンジン側の自動制御機構によって出力負荷の変動に対しても一定の回転数を維持するよう制御が行われている。
出典
- ^ a b 西原勝『航空少年読本』(1940年)、松浦四郎『飛行機読本』(1941年)、日本航空協会『航空年鑑 昭和30年版』(1955年)、小川利彦・野沢正・渡辺敏久『航空の事典』(1957年)、朝日新聞社『世界の翼 1966年版』(1965年)など。
- ^ ナチスの陰謀 - 歴史ミステリー研究会 - Google ブックス
- ^ ドローンとラジコンヘリコプターの違いとは? ドローンニュース(2021年5月10日閲覧)
- ^ “helicopter”. 2021年7月9日閲覧。
- ^ “ヘリコプターはなぜ「チョッパー(Chopper)」と呼ばれる?”. 海外ドラマの中の英語 (2021年1月31日). 2022年1月14日閲覧。ローター回転音を表現する英語のオノマトペも「chop chop chop」である。
- ^ 耐空性審査要領(原本) 鳳文ブックス(2021年5月10日閲覧)
- ^ “Hermann Ganswindt”. International Space Hall of Fame. New Mexico Museum of Space History. 2020年1月12日閲覧。
- ^ 歴史ミステリー研究会『ナチスの陰謀』Google ブックス(2021年5月10日閲覧)
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- ^ 陸上自衛隊 OH-1アクロフライト 明野駐屯地2001 JGSDF Akeno Open House - YouTube
- ^ How Are These Incredible Helicopter Stunts Possible? - YouTube
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