WWEチャンピオン(2005-07)
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「ジョン・シナ」の記事における「WWEチャンピオン(2005-07)」の解説
この頃から典型的なキャラクター先行型になり始める。ロイヤルランブルでのランブル・マッチで最後の2人まで残り、バティスタとの勝負に挑むが、同時落下後の再戦で敗れ、優勝を逃す。2月のノー・ウェイ・アウトのWWE王座挑戦者決定トーナメント決勝でカートを破り、WrestleMania 21でのWWE王座への挑戦権を獲得した。その後オーランド・ジョーダンに敗れてUS王座を手放したが、WrestleMania 21でJBLを下し、WWE王者となった。ジャッジメント・デイで、再戦権を行使したJBLを破り、王座防衛に成功する。 WWE王者となってからはベルトをシナモデルのスピナー・ベルトに変更し、6月6日、ドラフトでRAWに移籍する。移籍直後に当時のGMだったエリック・ビショフと対立し、ビショフと利害が一致したクリス・ジェリコとヴェンジェンス、サマースラムと王座戦を組まれたが、連勝して防衛に成功する。サマースラムの翌日のRAWで敗者追放マッチに勝利し、ジェリコをWWEから追放する。その後もビショフはシナを王座からあの手この手で引きずり下ろそうとするがシナは王座を防衛し続ける。 2006年のニュー・イヤーズ・レボリューションで、自身初となるエリミネーション・チェンバー・マッチ参戦し、勝利したが、その直後にWrestleMania 21でのマネー・イン・ザ・バンク・ラダー・マッチを制し、王座挑戦権を所有していたエッジに王座戦を挑まれ、疲労困憊のシナはエッジに敗れ、王座を奪われる。しかし3週間後のロイヤルランブルで再戦権を行使し、WWE王者に返り咲く。その後もトリプルHやエッジを相手に防衛を続ける。WWE vs ECWの抗争が開始すると、WrestleMania 22でのマネー戦を制したロブ・ヴァン・ダムとワン・ナイト・スタンドで王座戦を行うがエッジの乱入により、王座から陥落した。王座陥落後もECWのレスラーたちと抗争し、ヴェンジェンスではECWを代表するスーパースター、サブゥーに勝利する。 その後WWE王者となったエッジと抗争を開始する。何度か王座に挑むも王座奪取とはならなかった。その後、敗れたらスマックダウンへの移籍を条件にエッジとの再戦権を得て、エッジの地元であるカナダで開催されたアンフォーギヴェンで、エッジが得意とするTLC戦で勝利し、3度目のWWE王座戴冠を果たした。サイバー・サンデーでは史上初となるWWE王者、世界ヘビー級王者、ECW王者の対戦となったチャンピオン・オブ・チャンピオンズ・マッチに参戦するが、ブリトニー・スピアーズの夫(当時)で歌手・ダンサーのケビン・フェダーラインの介入により、キング・ブッカーに敗れる。 ロイヤルランブルでウマガとのラストマン・スタンディング・マッチを行い、王座を防衛する。翌日のRAWでショーン・マイケルズとタッグを組み、Rated-RKOから世界タッグ王座を奪取し、WWE王座、世界タッグ王座の2冠王者となった。ノー・ウェイ・アウトでは、WrestleMania 23のメインイベントで対戦するスーパースター同士がタッグを組むという異例の対戦でマイケルズと組んで、バティスタ・テイカー組に勝利した。翌日のRAWの世界タッグ王座バトルロイヤルにおいて、タッグパートナーのマイケルズが裏切り、タッグ王座から陥落する。ジャッジメント・デイ、ワン・ナイト・スタンドではザ・グレート・カリに連勝し、王座を防衛した。
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