He 100D(He 113)への発展
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/12 00:34 UTC 版)
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ハインケル社では A, B, C 各型に続き、自費で増加試作型の He 100D-0 を3機、量産準備型の He 100D-1 を12機製作した。これはレーサー的性格が強かった初期型から、戦闘機としての実用化に転じたもので、尾翼面積を拡大して方向安定性を増し、一部は自社の He 111 など爆撃機に用いられていたユンカース ユモ 211へ換装し、表面冷却器からコンベンショナルな胴体下半埋め込み式の集中冷却器に変更するなど、度重なる改修を施したものの、原設計が DB 601を前提に特化されていた結果、突出した高速性が失われた事もあり、不採用の決定は遂に覆らなかった。 しかし He 100D-1 は He 113 の仮名で種々に迷彩され、あたかも実戦配備されているように対外宣伝されたため、連合国側でも He 113 との交戦記録を申請するパイロットが続出した。実際、He 100D-1 の内3機はハインケル社の工場防空に当っていたが、会敵機会はなかった。 不採用が確定した後、ハインケル社はジェット戦闘機 He 280 計画に注力することになり、余剰化した He 100 はソ連と日本に放出された。
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