HIDEの死後
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「横須賀サーベルタイガー」の記事における「HIDEの死後」の解説
HIDEの死後KYOとTETSUはHIDEの3rdアルバム『Ja,Zoo』の製作に参加したり、『hide TRIBUTE SPIRITS』にも参加したりした。REMは自身の自伝的意味合いの強いHIDEの追悼本「Pink Cloudy Sky―俺とhideと横須賀ロック・ストーリー」(1999年(平成11年)12月25日発行、バウハウス)を執筆した。REMの幼い頃からの生い立ち、数々の人との出会い、その中の1人HIDEとの思い出、歯科医と音楽の両立など実話に基づいたノンフィクションの書物である。これは当初HEADWAX唯一のオフィシャル本として発売する予定で、ここに書いてある事はすべて事実に基づいたREM本人の体験談だと事務所に認定してもらい、REM本人、事務所、出版社で時間をかけて真実の本を出そうという構想があった。巻末に協力で「株式会社ヘッドワックス オーガナイゼーション」と明記されている。ところが出版社の不手際で、REM本人や事務所になんの通達もなく、タイトルも表紙の写真も決定してあったモノと違い(「俺とhideと横須賀ロック・ストーリー」のサブタイトルは付かず「Pink Cloudy Sky」だけだった。また表紙は横須賀の曇り空をピンクに画像処理したものであった)本文の誤りや訂正箇所も修正しないまま本屋に並んでしまった。当然本人も事務所も寝耳に水で出版社を相手取って訴訟も辞さないというような問題に発展した。この本の決定的な誤りは本文前半添付写真の「REMの父親と母親」を「お世話になったhideのパパとママ」と表記した事。さらにその後、HIDEが在籍していたバンドとしての知名度が上がったことにより、日本クラウンより『Origin of hide yokosuka SAVER TIGER』が発売。その他海賊版もこの時期、多数出回った。
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