グレゴリー・ベイトソンとは? わかりやすく解説

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グレゴリー・ベイトソン

(Gregory Bateson から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/04/06 14:05 UTC 版)

Gregory Bateson
グレゴリー・ベイトソン
生誕 (1904-05-09) 1904年5月9日
イギリス グランチェスター
死没 (1980-07-04) 1980年7月4日(76歳没)
アメリカ合衆国 サンフランシスコ
研究分野 人類学社会科学言語学サイバネティックス一般システム理論
主な業績 ダブルバインド
プロジェクト:人物伝
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グレゴリー・ベイトソン(Gregory Bateson, 1904年5月9日 - 1980年7月4日)は、アメリカ合衆国人類学者社会科学者言語学者映像人類学者サイバネティシスト

人物

イギリス出身で、第二次世界大戦中にアメリカ合衆国に渡った。

遺伝学者ウィリアム・ベイトソンの息子。文化人類学者マーガレット・ミードの公私にわたるパートナーでもあった。ミードとの娘のメアリー・キャサリン・ベイトソンも文化人類学者。

太平洋戦争以前の人類学的調査では、ひとつの人間集団を、内的関係性のダイナミックスという視点から分析する方法を切り開いたが、この思考は、戦後まもなく、サイバネティックスの創立に関与しつつ研ぎ澄まされた。そして、精神病棟でのフィールドワークから、「ダブルバインド」という概念を生みだし、統合失調症をコミュニケーションに基づく見地から説明した。

後年は、イルカのコミュニケーションから生物進化まで、自然界の広い事象を包括する「マインドのエコロジー」を提唱。ベイトソンの一見神秘主義的ながら、堅固に論理的で、ウィットにも富んだ思想は、西洋近代の単線的な思考形態が批判される1970年代の風土のなかで、支持を広げた。

「メタ・メッセージ」を提唱した[1]。メタ・メッセージとは、メッセージには元となるメッセージの中にそれを説明するメッセージが込められているということである。また、ベイトソンはメタ・メッセージを読み取るコミュニケーションを「メタ・コミュニケーション」と呼んだ。

学術的業績

スキズモジェネシス

ベイトソンが最初に提唱した独創的概念の一つが「スキズモジェネシス(schismogenesis)」である。この概念はニューギニアのイアトムル族のフィールドワークから生まれ、1935年の論文「文化接触とスキズモジェネシス」において初めて発表された[2]。1936年の著書『ネイヴン』において詳細に定義され、「個体間の累積的な相互作用から生じる、個体行動の規範における分化のプロセス」と述べられた[3]

スキズモジェネシスには二種類がある。「対称的スキズモジェネシス」は競争的な相互作用(例:自慢には自慢で返す)が相互を刺激し合いながら際限なくエスカレートするものであり、「補完的スキズモジェネシス」は支配と服従のように異なる役割がそれぞれを強化し合いながら際限なく分化するものである。いずれも放置すれば社会の崩壊へと至ると彼は論じた。

メイシー会議とサイバネティックス

1942年以降、ベイトソンはジョサイア・メイシー・ジュニア財団が主催するメイシー会議のサイバネティックス部門に参加した。ノーバート・ウィーナージョン・フォン・ノイマンウォーレン・マカロックらとの交流は彼の思想に決定的な転換をもたらした。負のフィードバック、情報、論理型の理論(ラッセル)といった概念を摂取したベイトソンは、サイバネティックスを行動科学全体を統一する可能性を秘めた学問として捉えた[4]

ダブル・バインド理論

1956年、ベイトソンはパロアルトでドナルド・ジャクソン、ジェイ・ヘイリー、ジョン・ウィークランドとの共同研究により「統合失調症の理論に向けて(Toward a Theory of Schizophrenia)」を発表し、ダブル・バインド概念を提唱した[5]

ダブル・バインドとは、二つ以上の矛盾するメッセージが同時に発せられ、受け手がいかなる反応をとっても罰せられる状況(「どうにしても逃げられない(can't win)」状況)を指す。同論文はラッセルの「論理型の理論」に依拠し、コミュニケーション・レベルの混乱がいかにして精神病理を引き起こしうるかを理論化した。後の研究によりダブル・バインドが統合失調症の単独原因であるという主張は否定されたが、コミュニケーション理論・家族療法・システム精神医学への影響は多大なものとなった[6]

デューテロラーニング(学習することを学ぶ)

1940年代にベイトソンが提唱した「デューテロラーニング(deutero-learning)」は、単一の課題を学ぶことではなく、「学習という文脈を学ぶ」、つまり「いかに学ぶかを学ぶ」高次の学習形態を指す。動物が同種の学習課題を繰り返すにつれて習得が速くなる「test-wise」現象などを例に、ベイトソンは学習にも論理的な階層(タイプ)が存在することを示した[7]。この概念はのちにシステム思考・組織学習論にも広く応用された。

マインドのエコロジーと認識論

1972年の大著『精神の生態学』において、ベイトソンは人類学・精神医学進化論認識論にまたがる論考を集大成した。彼の中心的主張は、「マインド(精神)」は個体の頭蓋内に閉じた実体ではなく、生物・環境・社会の相互作用システム全体に分散したプロセスであるというものである[8]。1979年の『精神と自然』では、生命・進化・認識論を「パターン」という概念で統合し、「情報とは差異を生む差異(a difference that makes a difference)」という定義を提示した[9]


著書

単著

  • "Naven: A Study of the Problems Suggested by a Composite Picture of the Culture of a New Guinea Tribe Drawn from Three Points of View", (Stanford University Press, 1936, 2nd ed., 1958).
  • Steps to an Ecology of Mind, (Ballantine Book, 1972).
    『精神の生態学へ』(岩波文庫 上中下 2023年)
  • Mind and Nature: A Necessary Unity, (Wildwood House, 1979).
    • 佐藤良明訳『精神と自然――生きた世界の認識論』
    (思索社, 1982年、改訂版・新思索社 2001年、普及版 2006年/再訂版 岩波文庫 2022年)
  • A Sacred Unity: Further Steps to an Ecology of Mind, edited by Rodney E. Donaldson, (Cornelia & Michael Bessie Book, 1991).

共著

  • Balinese Character: A Photographic Analysis, with Margaret Mead, (The New York Academy of Science, 1942).
  • Communication: the Social Matrix of Psychiatry, with Jurgen Ruesch, (Norton, 1951).
    • 佐藤悦子、ロバート・ボスバーグ訳『コミュニケーション――精神医学の社会的マトリックス』(思索社, 1989年)、ジャーゲン・ロイシュ共著
      • 改題『精神のコミュニケーション』(新思索社, 1995年)
  • Angels Fear: Towards an Epistemology of the Sacred, with Mary Catherine Bateson, (Macmillan, 1987).
    • 星川淳吉福伸逸訳『天使のおそれ――聖なるもののエピステモロジー』(青土社, 1988年、新版1992年)、メアリー・キャサリン・ベイトソンと共著

編著

  • Perceval's Narrative: A Patient's Account of his Psychosis, 1830-1832, (Stanford University Press, 1961).

論文

  1. Culture Contact and Schismogenesis, Man, 35, pp. 178–183, 1935.
  2. Social Planning and the Concept of Deutero-Learning, Conference on Science, Philosophy and Religion, Second Symposium, Harper, 1942.
  3. Toward a Theory of Schizophrenia, (with Donald D. Jackson, Jay Haley, John Weakland), Behavioral Science, 1(4), pp. 251–264, 1956.
  4. A Theory of Play and Fantasy, Psychiatric Research Reports, 2, pp. 39–51, 1955.
  5. The Logical Categories of Learning and Communication, in Steps to an Ecology of Mind, 1972.
  6. Cybernetic Explanation, American Behavioral Scientist, 10(8), pp. 29–32, 1967.

思想

ベイトソン思想は、近代西洋科学の「線形因果論」と「デカルト的二元論」への批判にある。彼は人類学精神医学生物学・コミュニケーション理論を横断しながら、世界を「パターン」と「フィードバック回路」の連鎖として理解する枠組みを一貫して追求した[10]

ベイトソンにとって「マインド(精神・心)」は脳内に局在する実体ではなく、生物とその環境との間に張り巡らされた相互作用のネットワークにおいて発現する関係的プロセスである。この観点から、「自己」と「環境」、「生物」と「社会」、「精神」と「自然」といった二項対立は、人為的な認識論的誤謬にすぎないと彼は論じた[11]

情報についてベイトソンは、「情報とは差異を生む差異である(information is a difference that makes a difference)」と定義した。これはクロード・シャノン情報理論を生物学・社会科学の文脈に翻訳した定式化であり、情報を「量」ではなく「関係の変化」として捉える独自の視点を提示するものである[12]

精神の生態学」という概念は、個体・社会・生態系が一つのサイバネティック・システムを構成するという彼の世界観を表す。人間が環境から切り離された主体として自然を「支配」しようとすることは、この巨大なシステムへのフィードバック回路を断ち切る行為であり、長期的には環境・社会・自己の崩壊をもたらすと彼は警告した[13]

発言

ベイトソンの思想の理解を助けるため、キーワードごとに分類した彼自身の説明等の発言を以下に引用する。

認識論と現実
「私たちが現実だと思っているものは、外の世界が存在しないということではなく、私たちが自分の信念に合うように現実を選び取り、編集しているために知覚されるものです。世界の資源は無限だと信じる人、あるいは良いものであれば多ければ多いほどよいと信じる人は、自分の誤りを見つけようとしないため、その誤りに気づくことができません。」
(原文:"We create the world that we perceive, not because there is no reality outside our heads, but because we select and edit the reality we see to conform to our beliefs about what sort of world we live in.")[14]
科学と論理
「三十年前、私たちはよく『コンピュータはすべての論理的プロセスをシミュレートできるか』と問いかけていました。答えはイエスでした。けれどもその問い自体が間違っていたのです。本来なら『論理はすべての因果のシークエンスをシミュレートできるか』と問うべきでした。そしてその答えはノーだったでしょう。」
(原文:"Thirty years ago, we used to ask: Can a computer simulate all processes of logic? The answer was yes, but the question was surely wrong. We should have asked: Can logic simulate all sequences of cause and effect? And the answer would have been no.")[15]
エコロジーと生存
「自身の環境に打ち勝った生物は、自分自身を破壊してしまいます。」
(原文:"The creature that wins against its environment destroys itself.")[16]
システムと精神
「精神的特性を示すシステムにおいては、どの部分もシステム全体に対して一方的な支配を持つことはできません。言い換えれば、システムの精神的特性は何か特定の部分に内在するのではなく、システム全体として内在するのです。」
(原文:"In no system which shows mental characteristics can any part have unilateral control over the whole. In other words, the mental characteristics of the system are imminent, not in some part, but in the system as a whole.")[17]
世界の主要な問題
「世界の主要な問題は、自然のあり方と人間の考え方との違いから生じているのです。」
(原文:"The major problems in the world are the result of the difference between how nature works and the way people think.")[18]

影響と評価

ベイトソンの思想は多方面にわたって持続的な影響を与えた。人類学においては、『ネイヴン』は構造的・関係的分析の先駆として評価され、視覚人類学の開拓にも貢献した。精神医学および家族療法においては、ダブル・バインド理論が家族療法(ジェイ・ヘイリー、ヴァージニア・サティア、パロアルト・メンタルリサーチ・インスティテュートなど)の理論的礎石となった。教育学組織学習論においては、デューテロラーニング概念が「学習する組織」論などに継承された。環境思想においては、「マインドのエコロジー」が後のディープエコロジー環境倫理学の言語的・概念的な先駆となった。スチュワート・ブランドを介した反文化・カウンターカルチャー運動への浸透も重要であり、1970年代から1980年代にかけて多方面の知識人・実践家がベイトソンの思想を参照した[19]

出典

  1. ^ 岩本茂樹『自分を知るための社会学入門』中央公論新社、2015年。26ページ
  2. ^ Bateson, Gregory (1935). “Culture Contact and Schismogenesis”. Man 35: 178–183. doi:10.2307/2789408. 
  3. ^ Gregory Bateson (1958). Naven: A Survey of the Problems suggested by a Composite Picture of the Culture of a New Guinea Tribe drawn from Three Points of View (2nd ed.). Stanford University Press. ISBN 978-0804706193 
  4. ^ Visser, Max (2003). “Gregory Bateson on deutero-learning and double bind: A brief conceptual history”. Journal of the History of the Behavioral Sciences 39 (3): 269–278. doi:10.1002/jhbs.10112. 
  5. ^ Bateson, G.; Jackson, D. D.; Haley, J.; Weakland, J. (1956). “Toward a theory of schizophrenia”. Behavioral Science 1 (4): 251–264. doi:10.1002/bs.3830010402. 
  6. ^ Rieber, R. W.; Vetter, H. J. (1989). “The Double-Bind Concept and Gregory Bateson”. The Individual, Communication, and Society: Essays in Memory of Gregory Bateson. Cambridge University Press 
  7. ^ Visser, Max (2003). “Gregory Bateson on deutero-learning and double bind: A brief conceptual history”. Journal of the History of the Behavioral Sciences 39 (3): 269–278. doi:10.1002/jhbs.10112. 
  8. ^ Gregory Bateson (2000). Steps to an Ecology of Mind: Collected Essays in Anthropology, Psychiatry, Evolution, and Epistemology. University of Chicago Press. ISBN 978-0226039053 
  9. ^ Gregory Bateson (1979). Mind and Nature: A Necessary Unity. E. P. Dutton. ISBN 978-0525156956 
  10. ^ Gregory Bateson”. Philopedia. 2026年4月2日閲覧。
  11. ^ Gregory Bateson (2000). Steps to an Ecology of Mind: Collected Essays in Anthropology, Psychiatry, Evolution, and Epistemology. University of Chicago Press. ISBN 978-0226039053 
  12. ^ Gregory Bateson (1979). Mind and Nature: A Necessary Unity. E. P. Dutton. ISBN 978-0525156956 
  13. ^ Gregory Bateson”. IT History Society. 2026年4月2日閲覧。
  14. ^ Gregory Bateson (2000). Steps to an Ecology of Mind: Collected Essays in Anthropology, Psychiatry, Evolution, and Epistemology. University of Chicago Press. ISBN 978-0226039053 
  15. ^ Gregory Bateson (1979). Mind and Nature: A Necessary Unity. E. P. Dutton. ISBN 978-0525156956 
  16. ^ Bateson, Gregory; Weakland, J. H. (1981). Rigor & Imagination: Essays from the Legacy of Gregory Bateson. Praeger Publishers 
  17. ^ Gregory Bateson (2000). Steps to an Ecology of Mind: Collected Essays in Anthropology, Psychiatry, Evolution, and Epistemology. University of Chicago Press. ISBN 978-0226039053 
  18. ^ Gregory Bateson Quotes”. AZ Quotes. 2026年4月2日閲覧。
  19. ^ Gregory Bateson”. Philopedia. 2026年4月2日閲覧。

参考文献

  • 『非常の知―カプラ対話篇』吉福伸逸+星川淳+田中三彦上野圭一訳 工作舎 2000 ISBN 4-87502-148-8
  • 『文脈病ーラカン・ベイトソン・マトゥラーナ』斎藤環(青土社, 2001年,ISBN 4791758714
  • 『デカルトからベイトソンへ―世界の再魔術化』モリス・バーマン柴田元幸訳(国文社, 1987年)
  • 『娘の眼からーマーガレット・ミードとグレゴリー・ベイトソンの私的メモワール』メアリー・キャサリン・ベイトソン著、佐藤良明・保坂嘉恵美訳(国分社, 1993年)

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