アニエス・ベーとは? わかりやすく解説

アニエス・ベー

(Agnes b から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/07/31 04:08 UTC 版)

アニエス・ベー
2012年
生誕 Agnes Troublé
(1941-11-26) 1941年11月26日(84歳)
フランス イル=ド=フランス地域圏イヴリーヌ県ヴェルサイユ
職業 ファッションデザイナー
署名
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アニエス・ベー(agnès b., 本名:アニエス・トゥルブレ/Agnès Troublé, 1941年11月26日 - )は、フランスのファッションデザイナー。

彼女が手がけるファッションブランドについてもここで扱う。

経歴

フランスのヴェルサイユで弁護士の娘として生まれた[1]。美術館のキュレーターを目指して、ヴェルサイユ美術学校に進学[1]。17歳のときに編集者のクリスチャン・ブルゴワと結婚し、19歳で双子を出産したがその後離婚。その後、雑誌出版社の『ELLE』の編集者となり、エディターの傍、フリーのファッションデザイナーとしても活動した[1]。同社退社後は「ドロテビス」に2年間務めた後、フリーのデザイナーとして「ピエール・ダルビー」などの仕事を請け負った[1]。

1975年に自らのファッションブランドとしてアニエスベーを立ち上げ、パリ1区レ・アール地区ジュール通り6番地 (6 Rue du Jour) にブティックをオープン。ブランドロゴは、編集者時代に記事に名前を入れる際、手書きで「agnès b.」とサインしたのが始まり。「b.(ベー)」は前夫ブルゴワの頭文字に由来する[2]。1980年には、ニューヨークに2号店を出店[3]。その後、オランダ・イギリス・日本・香港・スイスなどにも進出し、世界中に店舗を持つブランドに育てあげた[3]。私生活では2度の離婚を経験し、3人の男性との間に5人の子供をもうけた[2]。

チャリティーにも熱心で、日本赤十字社、エイズ撲滅活動やサラエヴォやコソボに対する支援を行っている。阪神・淡路大震災の際にも、Tシャツを販売して収益を支援活動にあてた。また、2004年からスクーナータラを運用して海洋環境の調査を行うタラ財団の主な支援者でもある。

映画界ともかかわりが深く、独自の映画製作会社「Love Streams Productions」をパリに設立。2013年、家庭に問題のある11歳の少女と60歳のスコットランド人男性が偶然出会い、男性が運転するトラックに乗って旅をするロードムービー『わたしの名前は…』(原題:Je m'appelle Hmmm...)を本名のアニエス・トゥルブレ名義で自ら監督した。同作はこの年のヴェネツィア国際映画祭でプレミア上映され、第14回東京フィルメックスで特別招待作品となった[4]。

栄誉

1985年5月21日、フランス政府より国家功労勲章(Ordre national du Mérite)シュヴァリエ(騎士)を授与され、1997年にはオフィシエ(将校)へ昇格した。

2000年には、フランス最高位の勲章であるレジオンドヌール勲章(Légion d'honneur)シュヴァリエ(騎士)を授与された。

ブランド

銀座店(松屋銀座)

1975年、フランス・パリ1区のジュール通りにアニエスベー第一号店をオープン[1]。1980年にはニューヨーク、1983年にはアムステルダム、1984年には日本およびパリ、その後イギリス、オーストラリア、スイス、香港に出店[3]。1990年代後半にはホノルル、シンガポール、レバノン、ベイルートにも出店した[3]。2026年現在、パリにあるCMC agnès b.の他、日本(agnès b. Japan Inc.)、香港(agnès b. HK Ltd.)、台湾(agnès b. Taiwan Ltd.)、アメリカ(agnès b. Worldwide Inc.)、イギリス(agnès b. UK Ltd.)に子会社がある[5]。

婦人服・紳士服・子供服・雑貨・香水と幅広い展開をしている。流行にとらわれないシンプルで機能的なデザインが特徴。ブランドのアイコンとして、レザール(トカゲ)が知られている。

主なブランド

  • agnès b. FEMME(ファム:レディス)
  • agnès b. HOMME(オム:メンズ)
  • agnès b. ENFANT(アンファン:子供服)
  • To b. by agnès b.(トゥービー バイ アニエスベー)

アートギャラリー

アニエスベーは1984年にジュール通りに初めてのアートギャラリーをオープンした。当時のギャラリーは、〈ファム〉のブティックに併設されていた。その後1998年、ギャラリー デュ ジュールは、名前はそのままに、より広いスペースへ移転。2019年ギャラリー デュ ジュールは閉館し、2020年2月にアニエスがオープンした文化複合施設、La Fab.内で再オープンした。

日本では2018年12月8日、国内では初となるアートギャラリーをアニエスベー青山店の2Fにオープンした。

タラ オセアン

アニエスと息子のエティエンヌ・ブルゴワは2003年に、科学的、環境保護的ミッションを遂行するためにスクーナー船を購入しタラ号と名付けた。その後、タラ オセアン財団を設立。2016年には日本の拠点として、一般社団法人TARA JAPANを創設。科学探査船タラ号は世界中を航海し、海が直面する環境的脅威や気候変化の影響を調査している。

アニエスベージャパン

アニエスベージャパン
agnès b. Japan Inc.
種類 株式会社
本社所在地 日本
〒106-0032
東京都品川区上大崎2-25-2 新目黒東急ビル8階
設立 1983年(昭和58年)12月1日
業種 小売業
法人番号 2011001001348
事業内容 日本国内における衣料品の輸入ブランド「agnès b」の販売
代表者 エティエンヌ・ブルゴワ(代表取締役)
資本金 9800万円
従業員数 610名
主要株主 C.M.C. S.A. 100%
関係する人物 鈴木陸三
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日本での展開は、フランスのC.M.C S.A.と日本のサザビー(現・サザビーリーグ)が合弁で1983年12月に株式会社アニエスベーサンライズを設立[6]。1984年、東京・青山に1号店をオープン[7]。2005年3月、サザビーはC.M.C S.A.との合弁契約を解消[6]、アニエスベーサンライズはC.M.C S.A.の完全子会社になった。その後2016年にアニエスベージャパン株式会社としてアニエスベーの運営を開始。

書籍

  • 『agnès b. STYLISTE』 青幻舎、2016年、ISBN 978-4861525629
  • 『agnès b. stories』青幻舎、2024年

脚注

  1. 1 2 3 4 5 原 2001, p. 30.
  2. 1 2 “あるフランス人女性デザイナーの壮絶人生とサクセスストーリー、そこから学ぶものとは?”. AFPBB News (2013年9月3日). 2022年8月30日閲覧。
  3. 1 2 3 4 原 2001, p. 31.
  4. ↑ わたしの名前は…[リンク切れ] 第14回東京フィルメックス招待作品
  5. ↑ “会社概要”. アニエスベー. 2026年1月1日閲覧。
  6. 1 2 “沿革・ヒストリー”. The SAZABY LEAGUE. 2022年9月15日閲覧。
  7. ↑ “ヒストリー - agnès b.”. アニエスベー公式オンラインブティック. 2022年9月15日閲覧。

参考文献

  • 原由美子 著「アニエス・ベー」、深井晃子 編『ファッション・ブランド・ベスト101』新書館、2001年11月25日、30-31頁。 ISBN 4403250572。 

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