1978年-1989年
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「ミッシェル・ポルナレフ」の記事における「1978年-1989年」の解説
共演アルバムを作りたいと喜多郎に要請する。しかし、喜多郎のスケジュールが合わずに実現しなかった。10月6日、税金問題(前述)の裁判で、責任はポルナレフにはなく、財務担当者にあると認められ、その男が税の支払いの義務を負うことになった。この法的な解決を受けて、ポルナレフは5年ぶりの帰国をし、直後にロサンゼルスに帰った。 1979年アルバム「美しきロマンの復活」を発売。日本ではシングル「愛のシンフォニー (c/w 美しき帰還)」、「天使の遺言 (c/w マジックマン)」を発売。「愛のシンフォニー」でベースを弾いているのはジャコ・パストリアスである。 4回目の来日コンサート・ツアーが行われる。 1981年アルバム「シャボンの中の青い恋 (原題: Bulles)」が発売されるが、日本ではシングル盤は発売されなかった。しかし、このアルバムはフランスでは80万枚を売り上げ、ヒット・チャートでトップにもなり、本国での人気の証となった。 1985年アルバム「アンコグニート(Incognito)」をフランスで発売。このアルバムの日本盤は2001年のCDリリースまで発売されなかった。 1988年ジェーン・バーキン主演の映画「アニエスv.によるジェーンb.(原題:Jane B. par Agnès V.)」にポルナレフの曲「愛の願い」が使用された。 この頃から約2年半に渡り、引きこもり状態となり、スイスとの国境に近いフランスの田舎町のマノワール(小規模ホテル)で隠遁生活を送る。後にパリのホテル、ロワイヤル・モンソーに転居。この間に次作アルバムの構想ができたと言われている。 1989年フランスでシングル「グッバイ・マリルー(Goodbye Marylou)」発売。前後して、過去の作品の一部がDisc AZ及びSony MusicからCD化発売される。
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