1975年、オリジナル・ブロードウエイ・プロダクション
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「シカゴ (ミュージカル)」の記事における「1975年、オリジナル・ブロードウエイ・プロダクション」の解説
1975年6月3日、ミュージカル・ヴォードヴィル『シカゴ』が46番通り劇場(現リチャード・ロジャーズ劇場)で開幕し、936公演上演後、1977年8月27日に閉幕した。開幕時の公演はヴェルマ・ケリー役にチタ・リヴェラ、ロキシー・ハート役にグウェン・ヴァードン、ビリー・フリン役にジェリー・オーバック、エイモス・ハート役にバーニー・マーティンが配役された。ヴェルマ・ケリーは当初比較的マイナーなキャラクターであったが、ロキシー・ハート役のグウェン・ヴァードンに対するチタ・リヴェラの演技でバランスよく厚みが加えられた。 作品は賛否両論であった。ブレヒト流の演出は時々第四の壁を取り去り、観客を困惑させた。ジェイムス・リーヴによると、「『シカゴ』は皮肉と破壊を兼ね備え、アメリカ文化の伝承を用いてアメリカのセレブリティ文化に一石を投じた」。 同年、マイケル・ベネット演出および振付による『コーラスライン』が開幕して高い評価を受け、『シカゴ』は興行収入でもトニー賞レースでも敗北した。閉幕が近づいた頃、グウェン・ヴァードンはフィナーレの最中に誤って羽根を吸い込んでしまい、咽喉の手術を受けた。スタッフ陣は上演中止を検討したが、ライザ・ミネリが代役を買って出て続行された。ミネリの代役は1ヶ月続いて作品の人気は大いに上がり、ヴァードンが回復すると復帰した。公演期間終盤、アン・ランキンもヴァードンの代役で出演し、1996年の再演にも出演して高い評価を受けただけでなくフォッシーのスタイルでの振付を行なうこととなった。
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