1月内閣改造
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 15:04 UTC 版)
「ブライアン・カウエン」の記事における「1月内閣改造」の解説
カウエンとフィッツパトリックとの面会が発覚したことで波紋を呼んだ労働党のイーモン・ギルモア党首は、カウエンの政権不信任案を第3次動議として提出する計画を発表した。しかし、当時のカウエンの当面の懸念は、党内から共和党党首を辞任するよう圧力がかかっていることであった。カウエンは2011年1月16日、自らの意思で党首を辞任することはないと発表したが、2011年1月18日に開かれる共和党の党議会で、無記名投票で決定される党首信任決議案を提出することを表明した。ミホル・マーティン外務大臣は、この動議に反対票を投じることを公言し、事実上カウエンの指導力への挑戦者となった。2011年1月18日の夜、政府の首席秘書官ジョン・カランは正確な数は秘密にし、投票用紙は細断されていたが、カウエンが信任投票で勝利したと発表した。カウエンはまたマーティンの辞任を「しぶしぶ」受け入れたと発表した。 しかし翌日、カウエンはノエル・デンプシー、ダーモット・アハーン、トニー・キリーン、メアリー・ハーニーの4人の閣僚を辞任に追い込んだ。辞任した閣僚はすでに2011年の総選挙への出馬を辞退していたが、これはカウエンが選挙に向けて党の立場を強化する可能性のある新しい閣僚を任命するためのものだった。しかし、連立政権の一部である緑の党は、再編成について相談を受けていなかったことに憤りを表した。緑の党はそれに応じ、カウエンが意図した後任者を支持することを拒否した。緑の党はまた、カウエンが総選挙のための確固とした日付を設定しない限り、政府から撤退すると脅した。カウエンが再編成を発表するために議会で演説したときには緑の党は欠席し、その日議会で席を取っていなかった。 さらに、緑の党の党首であるジョン・ゴームリーは、連立政党間の信頼関係が大きく浸食され、おそらく取り返しのつかないことになったと公言した。その時点で、共和党党員は以前に党の信任運動でカウエンへの支持を発表した者を含め、カウエンの指導力に疑問を持ち、選挙前に辞任を迫り始めた。共和党の支持率は14%と過去最低を記録していたが、失敗に終わった再編成の結果、8%にまで落ち込んだ。
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