隋書の十志
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/17 04:04 UTC 版)
『隋書』の最大の特徴は、この十志30巻である。本紀および列伝55巻が『漢書』に始まる断代史の体裁をとるのに対し、この十志は『史記』や『南史』・『北史』と同様の通史となっている。本紀および列伝の完成後に太宗が命じたのは、南朝梁・陳・北斉・北周・隋の5つの王朝に対する志の編纂であった。既に完成していた各朝の正史に志がなかったことによるが、一方で北魏と南朝宋以来、隋の統一までを南北朝という一つの時代と見て六朝と呼ぶ後世の視点とは異なり、当時の視点では南北の二極対立から再び三極の鼎立にいたり、隋が統一を果たすという見方であったことを示している。よって、この十志だけを独立して「五代史志」と呼び習わし、また、断代史であって通史でもあるという正史が成立した。 「経籍志」は、第32巻志27から第35巻志30にあたる。中国の正史に付されたものとしては、『漢書』「芸文志」に次ぐものであった。 「律暦志」には、南朝宋・斉の祖沖之(429年 - 500年)が、円周率を3.1415927の位まで計算したことを記しているが、これは、『南斉書』の本伝にも見えない記録である。ヨーロッパにおいてこの桁数までの計算が果たされたのは16世紀のことであった。
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