阿部秋生の説
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/23 17:01 UTC 版)
阿部秋生(旧姓:青柳)は、自身の論文「源氏物語の執筆の順序」において源氏物語第一部の前半(「桐壺」巻から「初音」巻まで)が執筆された順序について、 まず、紫の上を女性主人公とする話(5「若紫」、7「紅葉賀」、8「花宴」、9「葵」、10「賢木」、11「花散里」、12「須磨」=若紫グループ)を構成する各巻が先に執筆された。 その後、それ以外の何人かの女性主人公が登場する話(2「帚木」、3「空蝉」、4「夕顔」、6「末摘花」=帚木グループ)が執筆された。 その後に、これまで書かれた話を統合する形で「明石」以後の巻が執筆された。 21「少女」巻を書いた前後に1「桐壺」巻が執筆された。 という執筆順序を想定した。 阿部は、源氏物語に上記のような成立過程を前提にして、この「紫のゆかり」について 源氏物語の一部分であること。 同じものが「源氏の物語」と呼ばれたり「紫のゆかり」と呼ばれたりすることから、紫の上が重要な人物ではあってもあくまでも光源氏の愛する女性の1人というのではなく、光源氏と紫の上が同程度に重要な人物として描かれていると考えられること。 菅原孝標女が源氏物語全体を初めて読んだ後に印象的な人物として「夕顔」と「浮舟」とを挙げていることから、この二人は「紫のゆかり」には描かれていなかったと考えられること。 という条件を満たす必要があることから、この「紫のゆかり」という呼称及びその実態は、先行して成立していた「若紫」から始まる一部分(上記の第一段階=若紫グループ)のみを含んだ写本が流通していた痕跡なのではないかとしたことがある。
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