過去の祭神
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/08 07:55 UTC 版)
鷲宮神社本殿(鷲大明神、鷲宮大明神)は、過去には以下のような祭神であったとされる。 鷲大明神(大山祇神社摂社) - 『神道集』(14世紀頃) 有間皇子、良岑安世、室八島神(富士山神と同体) 、釈迦(本地仏)- 『林羅山詩集』巻六(承応2年〈1653年〉に当地を訪問) 室八島神(日光山神、宇都宮神、富士山神と同体) - 大神神社『室八嶋諸書類調控帳』(寛文9年(1669年)) 天穂日命、釈迦(本地仏) - 『供僧頭大乗院縁起棟札』(元禄4年〈1691年〉) 天穂日命、天夷鳥命(相殿) - 『鷲宮神社縁起棟札』(宝永4年〈1707年〉)これ以降の縁起では、現代と同様に天穂日命・武夷鳥命(天夷鳥命)の2柱となる。 神崎神社本殿(神崎大明神)は、過去には以下のような祭神であったとされる。 本社荒魂 - 『鷲宮神社縁起棟札』(宝永4年〈1707年〉) 天穂日命荒魂 - 『武蔵志』(享和2年(1802年)までに完成)、『新編武蔵風土記稿』(埼玉郡の調査は文政3年〈1820年〉) 天穂日命、大己貴命 - 『武蔵国造太田庄鷲宮大明神并私家之由緒書下書』(文政9年〈1826年〉頃)、『鷲宮旧正録』(天保年間)この時期より、式内社・前玉神社2座を名乗り、本宮(神崎神社本殿)にこれまで通りの天穂日命と前玉神社の大己貴命を、日本武尊により建てられた新宮(鷲宮神社本殿)に天穂日命を祭ると称するようになる。両宮に天穂日命が祀られているのは、大己貴命が三輪山にとどまっており、本宮が空いていたためとされる。 大国主命 - 『鷲宮迦美保賀比』(天保14年〈1843年〉)これ以降の縁起では、現代と同様に大己貴命(大国主命)の1柱となる。
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