統語論における代名詞
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/09 02:25 UTC 版)
「シュスワプ語」の記事における「統語論における代名詞」の解説
Déchaine & Wiltschko (2003) においては、そもそも代名詞(英: pronoun)はその名称とは裏腹に実際には少なくとも3つの型に分けられるものであると提唱されている。その3つとは限定詞句型(英: pro-DP)、名詞句型(英: pro-NP)、左2つのいずれでもないもの(英: pro-φP)であるが、このうちの pro-φP 型の例としてシュスワプ語の独立人称代名詞が挙げられている。以下では、シュスワプ語の独立代名詞が、限定詞句型に分類されたハルコメレム語(英語版)(Halkomelem)の独立人称代名詞や、名詞句型に分類された日本語の「彼」・「彼女」とどの様な点において異なっているかを比較も交えて説明することとする。 まず、ハルコメレム語はシュスワプ語と同じセイリッシュ語族の言語で、項を述語への接語や代名詞接辞によって表示する主要部標示(英: head marking)型言語である点もシュスワプ語とほぼ共通しているが、ハルコメレム語の場合は以下の文のように独立代名詞が冠詞のような働きもしていると見做すことが可能である。 (1) ハルコメレム語(Galloway 1993: 174) Tl'ó-cha-l-su qwemcíwe-t [thú-tl'ò q'ami]arg それから-fut-1sg.s-なので 抱きしめる-trans det.fem-3.indep 少女 そういう訳なので、私はあの娘を抱きしめてやるのだ。 一方、シュスワプ語の場合は以下の文例のように独立代名詞の前に限定詞が現れているため、独立代名詞は限定詞句型ではないと見ることが可能である。 (2) シュスワプ語(Lai 1998a: 28) [Wí~w~k-t-ø-en]pred [re n-tsétswe7]arg 見る(red)-trans-3sg.obj-1sg.sbj det 1sg.indep 私は彼を見た。 さて、日本語の「彼」(や「彼女」)の場合は以下の通り、前に形容詞(3a)や所有代名詞(3b)、指示代名詞(3c)を取ることが可能で(Kuroda 1965: 105; Noguchi 1997: 777)、その統語的特徴は名詞のものであるといえる。 (3) 日本語 a. 小さい 彼 小さい彼 (3) 日本語 b. 私-の 彼 私-gen 彼 私の彼氏 (3) 日本語 c. この 彼 この彼 しかしシュスワプ語の場合、以下に挙げるように名詞を複合的な名詞的述語(英: complex nominal predicate)の一部とすることは可能である(4a)が、独立代名詞を複合的な名詞的述語の一部として用いることは不可能である(4b)と Lai (1998a) は見ており、したがってシュスワプ語独立代名詞の性質は名詞的なものでもないと結論づけることが可能である。 (4) シュスワプ語(Lai 1998a: 41) a. [Yirí7 te sqélemcw] l wí~w~k-t-sem-s deic obl 男 det 見る(red)-trans-1sg.obj-3sg.sbj 私を見たのはこの男だ。 (4) シュスワプ語(Lai 1998: 41) b. *[Yirí7 te newí7-s] wí~w~k-t-sem-s deic obl 3sg.indep 見る(red)-trans-1sg.obj-3sg.sbj 私を見たのはこの彼だ。 以上により、Déchaine & Wiltschko はシュスワプ語の独立代名詞は限定詞句的でも名詞句的でもないものと結論づけている。なお以下のように、シュスワプ語の独立代名詞は述語(5a)と項(5b)いずれの機能も果たし得る。 (5) シュスワプ語 a. (Lai 1998a: 28) [Newí7-s]pred [re wík-t-ø-m-es]arg 3sg.indep det 見る-trans-3sg.obj-pass-3sg.conj 彼/彼女を見たのは彼だ。 (5) シュスワプ語 b. (Lai 1998a: 60) [wi~w~k-t-ø-en]pred [newí7-s]arg 見る(red)-trans-3sg.obj-1sg.sbj 3sg.indep 私は彼を見た。
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