第2期幕領時代とは? わかりやすく解説

第2期幕領時代(1856年 - 1868年)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/13 00:34 UTC 版)

遠国奉行」の記事における「第2期幕領時代(1856年 - 1868年)」の解説

後期幕領期に箱館通宝発行が行われ、前期同様道路開削行われた。また蝦夷地流行する疱瘡対策として土人への種痘なども行ったちなみに土人とは、「土地産物」を意味する土産」と同様、当時土地の人」や「土地生まれ育った人」の意味用いられ言葉で、蝦夷から改称当時呼称。いまでいう「地元の人」的な意味合い漢語である。 幕末箱館開港機に乙部村以北木古内村以東和人地と全蝦夷地北州)が再度上知され、安政3年1856年)再び箱館箱館奉行置かれる開港箱館における外国人応対担当した定員2 - 4名で、内1名は江戸詰となる。役高は2,000石で、役料1,500俵、在勤の手当金700両が支給された。支配組頭に任ぜられた向山源太夫樺太調査行い、その帰途病死している。このとき配下松浦武四郎同行安政4年1857年)には、村垣範正着任桑田立斎種痘出来医師派遣されアイヌの間で蔓延する天然痘対策おこなったまた、垣は樺太における国境交渉備え日本の行政北限確認をおこなっていたが、安政2年1855年締結され日露和親条約では、国境棚上げ先送りとされている。奉行所は、最初前回同様宇須岸館跡に置かれたが、元治元年1864年奉行所五稜郭移転したこのころアイヌ呼称が「蝦夷」から「土人」に改称された。

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