秋葉神社 (台東区)とは? わかりやすく解説

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秋葉神社 (台東区)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/23 04:56 UTC 版)

秋葉神社

拝殿
所在地 東京都台東区松が谷三丁目10番7号[1]
位置 北緯35度43分0秒 東経139度47分9秒 / 北緯35.71667度 東経139.78583度 / 35.71667; 139.78583
主祭神 火産霊大神水波能売神埴山毘売神 [1]
社格 郷社
創建 1870年明治3年)
例祭 5月18日[1]
主な神事 鎮火祭(11月6日
地図
秋葉神社
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秋葉神社(あきばじんじゃ)とは、東京都台東区松が谷にある神社である。

由緒

当初の名は鎮火社といった。1869年明治2年)暮れの大火を受け、明治天皇の勅命により翌1870年(明治3年)に現在のJR秋葉原駅構内(東京都千代田区神田花岡町)の地に、火の神火産霊大神、水の神水波能売神、土の神埴山毘売神の三柱を祀神として勧請したのが始まりである。

江戸時代江戸の街は度々大火災が発生した事から、神仏混淆秋葉大権現秋葉山)が火防(ひぶせ)の神として広く信仰を集めていたが、本来この社は秋葉大権現と直接の関係はない(東京府が秋葉大権現を勧請したとする史料もあるが、当時の社会情勢からみても明らかに誤伝である。)。しかし、秋葉大権現が勧請されたものと誤解した人々は、この社を「秋葉様」「秋葉さん」と呼び、社域である周辺の火除地空地)を「秋葉の原(あきばのはら)」「秋葉っ原(あきばっぱら)」と呼んだ。「あきば」は下町訛りで、本来の秋葉大権現では「あきは」と読む。

鎮火社はいつしか秋葉社となり、1888年(明治21年)日本鉄道が建設していた鉄道線(現在の東北本線)が現在の上野駅から秋葉原駅まで延長され、秋葉の原の土地が払い下げられたのに伴って現在地に移転した[1]。その後1930年(昭和5年)に秋葉神社と改名された。

台東区台東の秋葉神社

秋葉神社

鳥居と拝殿
所在地 東京都台東区台東四丁目21
位置 北緯35度42分21.9秒 東経139度46分50.7秒 / 北緯35.706083度 東経139.780750度 / 35.706083; 139.780750
主祭神 火貝土之尊[2]
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台東区台東4-21にも秋葉神社がある。旧秋田藩佐竹氏)の藩邸跡の一画にあたり、佐竹秋葉神社と通称されている。[注釈 1]

脚注

注釈

  1. ^ なお、商店街に寄せられている情報によれば、こちらの秋葉神社も明治期に他所より遷座されてきたもので、佐竹氏との関連などは無い[2]

出典

  1. ^ a b c d 東京神社庁.
  2. ^ a b 佐竹商店街振興組合.

参考文献




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