皇帝御用掛とは? わかりやすく解説

皇帝御用掛

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/22 08:45 UTC 版)

吉岡安直」の記事における「皇帝御用掛」の解説

1932年3月満州国建国後の1935年昭和10年3月皇帝愛新覚羅溥儀御用掛(関東軍司令部付)となり同国首都新京赴任その後日本の駐満州国大使館附武官などを兼務しながら同職務める。第二次世界大戦勃発1942年昭和17年12月陸軍中将となり正三位勲一等授与される1945年昭和20年8月8日ソ連軍がソ満国境越えて満州国侵攻した際に、溥儀満州国首脳とともに新京放棄して朝鮮ほど近い通化省臨江県大栗子避難していたが、8月15日日本連合国降伏したことに伴い8月18日溥儀大栗子満州帝国解体満州帝国皇帝からの退位宣言したため、吉岡全ての職位を失うこととなったその後溥儀とともにソ連軍に捕まることを避けて日本逃亡する途中奉天飛行場ソ連軍捕らえられた。その後ソ連領内移送されソ連当局からスパイ行為などの容疑掛けられ尋問受けた1947年昭和22年)にモスクワ病院死去。墓はモスクワ市内のドンスコイ修道院内の日本人墓地にある。 ソ連崩壊後1994年平成6年)、ロシア連邦政府は、吉岡当時ソ連対すスパイ活動行っていたという形跡確認されず、拘留不当なものであった認めて名誉回復行った

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