甲浦港とは? わかりやすく解説

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甲浦港

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/16 23:46 UTC 版)

甲浦港
甲浦港周辺の空中写真。画像中央やや左、二手に分かれた入り江の奥の住宅が密集している一帯が甲浦港。画像右の島(島の北西部で本土と橋で結ばれた島)が竹ヶ島。この甲浦港と竹ヶ島の中間に徳島県と高知県の県境がある。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。
1975年撮影の2枚を合成作成。
所在地
日本
所在地 高知県安芸郡東洋町
座標 北緯33度32分48.4秒 東経134度18分4秒 / 北緯33.546778度 東経134.30111度 / 33.546778; 134.30111座標: 北緯33度32分48.4秒 東経134度18分4秒 / 北緯33.546778度 東経134.30111度 / 33.546778; 134.30111
詳細
管理者 高知県
種類 地方港湾
統計
統計年度 2015年度
発着数 2,432隻(37,278総トン)[1]

甲浦港(かんのうらこう)は、高知県安芸郡東洋町にある地方港湾。港湾管理者は高知県。港則法の適用港である。

概要

高知県の東端部にある港湾で太平洋に面している。

2015年度の発着数は2,432隻(37,278総トン)である[1]

航路

1950年代から室戸汽船が大阪への航路を運航していた。1975年に神戸港発着に変更してフェリー化、1995年には阪神・淡路大震災の影響により再び大阪港発着となった。1997年明石海峡大橋架橋を控え、旅客減と原油価格高騰の影響を受け航路休止が検討されたが、第三セクターの新会社高知シーラインを設立して航路存続が図られた。1998年4月から高知シーラインが航路を継承したが、1999年7月に「フェリーむろと (3代)」が当港で座礁事故を起こした影響もあり、2001年12月9日に航路休止となった。 その後、大阪 - 高知航路を運航していた大阪高知特急フェリーが、2004年8月より隔日で寄港を開始したが、こちらも経営破綻により、2005年6月30日に航路休止となり、当港を発着する定期旅客航路は消滅した。

室戸汽船・室戸シーライン

1998年4月以降は高知シーラインが運航、2001年12月9日に航路休止。その後、航路廃止となる。

大阪高知特急フェリー

1日1往復を運航していたが、当港は隔日で寄港となっていた。
2004年8月28日より隔日で寄港を開始したが、2005年6月30日に運航を休止、その後、新会社の設立による単独での航路再開は断念されたため、航路廃止となった。

脚注

  1. ^ a b 港湾統計(平成27年度)第3部第1表

参考文献




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