犬の天文台長さん
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/28 11:01 UTC 版)
北海道犬の血筋を受け継いだチロは、勇敢な性格でもあった。早春の昼下がりに、チロと冬眠明けのクマがにらみ合うという事件が起こり、「チロがやられる」と思った藤井は慌ててそばに駆け寄った。このときはチロもクマもお互いに引き下がったため、大事に至らずに済んだ。 チロとクマの対決話は、瞬く間に天文台に集う「星仲間」たちに広まった。星仲間たちはチロの勇敢さを讃え、「この天文台でいちばんたよりになるのはチロ」として「天文台長」に推薦した。これにはもう1つの理由があって、世間的な地位や肩書を抜きにして白河天体観測所で平等に星を楽しんでいるのにまた観測所内で肩書をつけることになっては面白くないので、たよりがいのあるチロを責任者に、ということであった。 「天文台長」に就任したチロの初仕事は、近くの牧場跡地にできた工場との交渉であった。数十本の水銀灯が夜間に点灯して夜道や夜空を明るく照らし出すようになったため、藤井たち星仲間はチロを伴って水銀灯の光量調整と消灯を申し入れた。工場長はチロが「天文台長」と聞いて唖然とした様子だったが、その申し入れを快諾した。それは工場長も幼いころからの天文ファンで、光害について理解していたためであった。 天文台長チロは、テレビ番組に何度も出演して人気を高めた。白河天体観測所には「チロの天文台を訪ねてみたい」と希望した紀宮清子内親王を始め、星新一、三田誠広、津島佑子などの著名人がたびたび訪問して星空の眺めなどを楽しんでいた。 チロは天文台長以外にも、白河天体観測所の「ガードマン」としての役目を果たしていた。観測所は普段無人でしかも周囲にはクマを含む野生動物が多かったため、扉を開くとチロが真っ先に中に入って様子を確かめるのを待ってから、他の星仲間が続いて中に入るのが通常となっていた。藤井と星仲間は、率先して行動してくれるチロの存在を頼もしく思っていた。 観測所通いが、チロの負傷によって一時期中断を余儀なくされたことがあった。その日は街なかにある藤井の自宅からも、珍しいことに星空がよく見えた。藤井は自宅の屋上に望遠鏡を担ぎ上げて、星空を観測していた。しばらくして階下のベランダにいたチロが藤井を呼ぶように鳴いたのが聞こえたため、藤井はチロを抱き上げて屋上に連れて行った。 観測を続けていた藤井は、視野の中に見えていた変光星について確認しようと考え、屋上にチロを残して2階の部屋に戻った。調べ物に没頭するあまり、藤井は屋上にいるチロの存在を失念していた。突然藤井の頭上から「なにかにすがりつこうとしているせっぱつまった奇妙な物音」が聞こえてきた。いったい何事かと藤井が顔を上げると、空中からまさにチロが落ちてくるのが目に入った。 この事態に慌てた藤井は、落ちてくるチロを必死に抱きとめようとしたが、間に合わなかった。そのときの藤井には、チロがそのまま地面にたたきつけられるのを見守るしかなかった。 チロの名を呼ぶ藤井の叫び声を聞きつけて、近所の人々が集まってきた。すぐに医者が呼ばれ、その診断によれば内出血があるが落ちた場所が庭の土の上だったため、5メートル以上転落したにもかかわらず負傷の程度は軽いというものであった。チロは手厚く看病され、1月ほどで後遺症もなく元気を取り戻すことができた。
※この「犬の天文台長さん」の解説は、「チロ (犬)」の解説の一部です。
「犬の天文台長さん」を含む「チロ (犬)」の記事については、「チロ (犬)」の概要を参照ください。
- 犬の天文台長さんのページへのリンク