津市立三重短期大学法経科2部時代
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「伊藤忠治」の記事における「津市立三重短期大学法経科2部時代」の解説
公立(津市立)中学校卒業後に勤務した印刷工場の社長に、真面目に昼間の時間帯に勤務する事を条件に、「夜間の高校(定時制)に通学させて下さい」とお願いして津実業高校の定時制高校生になる。さらに、向学心を持ち津市立三重短期大学法経科(法経学科)2部(夜間学部)に進学した。 三重短期大学法経科2部では、学生運動や以下の政治活動が盛んだった。模擬国会で(内閣総理大臣・外務大臣・大蔵大臣・法務大臣・文部大臣・通産大臣・労働大臣・厚生大臣・国務大臣保安庁長官による)内閣制度や議会の開設をする議会ごっこ授業が盛んだった。津市内の国政と地方の公明選挙運動が盛んだった。三重短期大学の大学新聞など政治運動が盛んだった。 津市立三重短期大学法経学科夜間学部の学生は、津市内に勤務する三重県の職員である公務員及び三重県内の市町村に勤務する公務員出身者や高等学校を卒業した後に勤労学生として民間企業に就職して労働者になった苦学生が多かった。 学生の出身分類は、以下の階層が多くて官公庁と民間企業に所属する労組出身と三重県と三重県内の市町村に勤務する公務員出身者と民間企業で勤労する労働者と学費が低額な事から貧困層の学生が多かった。 三重短期大学は昭和時代戦後期の55年体制下の政治的な階層と経済的な階層は、日本社会党系列で社会党左派と、日本社会党から分党した社会党右派の民社党系列(現在の国民民主党系列)の革新階層の学校だった。 当時の三重短期大学の学生の政治思想と経済思想は、左翼的な思想と、憲法改正に反対する伊藤忠治ら護憲主義思想を持っていた三重短期大学法経学科夜間部の学生は、社会党左派を支持していて、マルクス経済学を専攻するマルクス主義者であった。右翼的な思想と憲法改正に賛成する改憲思想を持っていた三重短期大学法経学科夜間学部の学生は、社会党右派と分党した民社党を支持していて、ケインズ経済学を専攻する民主社会主義者であった。
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