津市白塚町へとは? わかりやすく解説

津市白塚町へ(1954-)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/11 02:55 UTC 版)

白塚町」の記事における「津市白塚町へ(1954-)」の解説

町制施行したばかりの白塚町であったが、津市とは交通経済などつながりが密であり、既に近隣一身田町津市合併申し入れ栗真村でもその予定があったことから、1953年昭和28年11月9日11月11日懇談会開催して津市との合併について町民合意取り付けた。翌1954年昭和29年6月15日白塚町長と津市長の間で合併協議書が結ばれ同年6月24日白塚町議会、翌6月25日津市議会議決経て同年8月1日津市編入された。これにより、津市内の1町名白塚町となった1955年昭和30年)の職業人口では、製造業599人、農業567人、商業412人、漁業264人などとなっており、工業部門伸長した白塚工業漁業関連した水産加工製氷のほか、電気機械製造業製粉業などがある。また津市への編入後、美松園などの宅地開発が行われ、住宅地としても成長していった。1900年代勃興した地場産業の「白塚タオル」は、2002年平成14年3月最後まで営業続けていた江藤タオル閉業したことで消滅した2006年平成18年)、2005年日本国際博覧会愛・地球博)のブータン館・ラオス館の展示品白塚町歯科医師買い取り、「2005年愛知万博記念 樋口友好ミュージアム」を開館した2014年平成26年7月には、前年閉館した四日市市オーストラリア記念館から巨大なカモノハシ模型カモン」など40点を引き取りミュージアム敷地内新たに建設したオーストラリア館」に展示することになり、2015年平成27年1月25日から一般公開開始した

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