機銃増備
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機銃は25mm機銃連装1基で計画されたが、竣工時は毘式40mm機銃1挺になっていた。「雁」「鳩」には竣工時か竣工直後に25mm連装機銃が装備されたようである。1938年時の「雁」は25mm連装機銃1基とされる。 大戦中の機銃増備の状況は以下の通り。 艦名25mm機銃13mm機銃電探調査日3連装連装単装連装単装鴻、鵯 3基 5挺 13号電探1基 1944年 8月20日 隼 3基 5挺 - 1944年11月22日 雉、雁、鷺、鳩 3基 5挺 13号電探1基 1944年10月 1日 後部3番主砲と40mm機銃を撤去、艦橋前と後部甲板室上に機銃台を設け40mm機銃台と合わせて25mm連装機銃を計3基装備した。その他25mm単装機銃を船首楼甲板に2挺、後甲板に3挺の計5挺が装備された。対潜兵装は「雉」等の場合、八一式爆雷投射機6基、九四式爆雷投射機1基、九三式水中聴音機1基、九四式探信儀1基(水流覆付)を装備した。
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機銃増備
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/24 04:05 UTC 版)
日華事変が勃発し、中国沿岸へ進出した時には保式13mm機銃2挺、(7.7mm)一一式軽機銃1挺を装備したとされる。 太平洋戦争中の機銃増備の状況は「真鶴」の場合、1944年4月に13mm連装機銃1基と同単装機銃1挺を撤去、25mm連装機銃2基と同単装機銃6挺を搭載した。なお同時に九一式探信儀を撤去し九三式探信儀に交換、九三式水中聴音機を新たに設置、八一式爆雷投射機を4基増設し、投下軌道2条を改造した。 あ号作戦(1944年6月)後の機銃増備の状況は以下の通りとされる。 艦名25mm機銃13mm機銃電探調査日3連装連装単装連装単装千鳥 2基 6挺 8挺 - 1944年 8月20日 真鶴、友鶴、初雁 2基 6挺 - 1944年12月 4日 各艦は3番主砲と13mm機銃を撤去し、艦橋前と後部マストの後方機銃座を設けて25mm連装機銃を各1基ずつ計2基、25mm単装機銃6挺を13mm機銃跡、3番砲跡やその他甲板上各所に配置した。 対潜兵装は「真鶴」「友鶴」の場合、八一式爆雷投射機8基、九三式水中聴音機1基、九四式探信儀1基(水流覆付)を装備した。単艦式大掃海具は撤去され爆雷は48個を搭載したと言われる。
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機銃増備
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/12/20 18:36 UTC 版)
1944年11月での「燕」は、13mm単装機銃に代わり25mm連装機銃を装備、その他25mm単装機銃は船橋前の上甲板の左右舷に1挺ずつ、煙突後方の上構上に1挺、後甲板に1挺の計4挺を増備したとされる。
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