景福宮とは? わかりやすく解説

景福宮

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/18 08:57 UTC 版)

座標: 北緯37度34分43.00秒 東経126度58分38.00秒 / 北緯37.5786111度 東経126.9772222度 / 37.5786111; 126.9772222

景福宮
各種表記
ハングル 경복궁
漢字 景福宮
発音 キョンボックン
日本語読み: けいふくきゅう
ラテン文字 Gyeongbokgung
テンプレートを表示
ソウル特別市内の位置

景福宮(けいふくきゅう、: 경복궁、キョンボックン)は、朝鮮王朝李氏朝鮮)の王宮である。現在の韓国ソウル特別市にある。

概要

李成桂により1395年に現在の大韓民国ソウル特別市鐘路区世宗路1-56に置かれた朝鮮王朝の王宮。近代では、大日本帝国に併合された後に朝鮮総督府の庁舎が置かれた。韓国建国後は、敷地の一部に大統領府(青瓦台)が置かれていたが、2022年に移転した。現在は景福宮の中心部に1867年に興宣大院君再建された勤政門や勤政殿などが現存し、建物の復元が進行中。

歴史

朝鮮王朝の開祖李成桂1392年開城で王に即位、その2年後の1394年漢陽(漢城、現在のソウル)への遷都を決定。無学大師の風水に基づき漢江の北、北岳山の南にあたる「陽」の地が選ばれ、李成桂が開城で政務を執っている間から王宮の建設が始まった。鄭道伝によって「景福宮」と命名され、1395年から李氏朝鮮の正宮として使用された。1397年には漢陽の城郭と四大城門が完成した。その後約200年間、正宮として使用され、1553年に大火によって焼失した。1592年文禄の役において、国王の宣祖が漢城から逃亡して治安が乱れると、先陣争いをする小西行長らの一番隊や加藤清正らの二番隊の入城を前に朝鮮の民衆によって略奪と放火の対象となり再び焼失した[1]

その後は離宮の昌徳宮が正殿に使用され、景福宮は約270年の間再建されなかった。

朝鮮王朝末期から日本統治時代

光化門通り(現・世宗大路)から望む朝鮮総督府。

朝鮮王朝末期の1865年高宗の父興宣大院君が再建し、1868年に国王の住居と政務を昌徳宮から移したが、1896年に高宗はロシア公使館へ逃げ込み、そこで政務を執るようになり(露館播遷)、宮殿には王が不在となった。その後正宮は1897年に慶運宮(徳寿宮の当時の名称)に、1907年純宗の即位で昌徳宮に移る。1910年韓国併合条約により大韓帝国の統治が終了すると、王宮としての役割をなくした景福宮に代わり、朝鮮統治を後継した朝鮮総督府の庁舎の建設が景福宮敷地で1912年から始まり、1926年に完成した。景福宮の資材は大火にあった昌徳宮の修復に使用され、光化門は正面から移設された。

現在

上写真とほぼ同位置の現状。

韓国独立後、景福宮内の旧朝鮮総督府庁舎は中央庁および韓国国立中央博物館に利用されていたが、景福宮復元計画により賛否両論の中で1996年に解体された。現在は光化門を正門、勤政殿を正殿とし、それを結ぶ線に対して左右対称に建物が配置されている。これは北京紫禁城などの様式を倣ったもので、儒教の思想や伝統にかなったものである。また中には優雅な庭園が配されており、宮殿の中にいながら山河に遊ぶことができるようになっている。宮殿北側にある部分は2022年5月まで大韓民国大統領官邸(いわゆる青瓦台)に使用されていた。光化門は1968年鉄筋コンクリート造で外観復元されたが、総督府庁舎があったため正確な位置ではなかった。そのため2006年に撤去され、2010年、正確な位置に復元された。景福宮は1990年から復元事業が行われており、2010年の光化門復元は第一次事業の最後を飾るものであった。第一段階事業によって89棟が復元され、これは1865年再建当時の25%水準となる。第二次復元事業は2011年から始まり2030年に終える予定である。第二段階復元事業により379棟を復元し1865年再建当時の75%の水準を回復する。第一次復元事業では主だった建物が復元されたが、第二次復元事業では付属の建物の復元も進められる。

建造物

前朝

興礼門
永済橋
慶会楼。1920年頃
  • 光化門(南門)
  • 興礼門
  • 永済橋
  • 日華門
  • 月華門
  • 勤政門
  • 勤政殿 - 国宝第223号
  • 隆文楼
  • 隆武楼
  • 思政門
  • 思政殿
  • 万春殿
  • 千秋殿

後廷

  • 嚮五門
  • 康寧殿
  • 両儀門
  • 交泰殿
  • 蛾眉山
  • 東宮
  • 慶会楼 - 国宝第224号
  • 欽敬閣
  • 含元殿
  • 慈慶殿
  • 醉香橋
  • 香遠亭
  • 乾清宮

附属建築

  • 建春門(東門)
  • 迎秋門(西門)
  • 玄武門(北門)
  • 東西十字閣
  • 泰元殿
  • 集玉斎
  • 協吉堂
  • 八隅亭
  • 景武台(青瓦台
  • 七宮

文化財

国宝

  • 勤政殿(第223号)
  • 慶会楼(第224号)

宝物

  • 慈慶殿(第809号)
  • 慈慶殿十長生煙突(第810号)
  • 峨嵋山煙突(第811号)
  • 勤政門及び行閣(第812号)
  • 風旗台(第847号)
  • 香遠亭(第1761号)
  • 思政殿(第1759号)
  • 修政殿(第1760号)

史跡

  • 景福宮(第117号)

交通

脚注

  1. ^ 朝鮮王朝の正史朝鮮王朝実録(宣祖修正実録)』二十五年(1592年)4月14日(癸卯)条には、民衆によって略奪・放火されたと明記されており、李廷馥の『四留斎集』や李恒福の『白沙集』と李曁の『松窩雑説』にもその時の様子が記されている。日本側記録『大徳寺文書』では国王が内裏に放火して逃亡したとある。また小西行長の一番隊に属した松浦鎮信の家臣の記録『吉野甚五左衛門覚書』には「五月二日の夕くれに、都は是より一日路と聞こえし所の河バた(端)にて、都のかた詠むれバ、放火のけぶり(煙)立登り、…(中略、翌朝入京すると)…くうでん(宮殿)・ろうかく(楼閣)数々に、だいりだいり(内裏々々)に火を掛けて、上下万民ことごとく、唐国さして落ちにける」との記録がある。いずれにせよ日韓双方の記録が秀吉軍の入城を前に焼失したとしている。

関連項目

外部リンク


「景福宮」の例文・使い方・用例・文例

Weblio日本語例文用例辞書はプログラムで機械的に例文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。



景福宮と同じ種類の言葉


固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「景福宮」の関連用語

景福宮のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



景福宮のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの景福宮 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
Tanaka Corpusのコンテンツは、特に明示されている場合を除いて、次のライセンスに従います:
 Creative Commons Attribution (CC-BY) 2.0 France.
この対訳データはCreative Commons Attribution 3.0 Unportedでライセンスされています。
浜島書店 Catch a Wave
Copyright © 1995-2025 Hamajima Shoten, Publishers. All rights reserved.
株式会社ベネッセコーポレーション株式会社ベネッセコーポレーション
Copyright © Benesse Holdings, Inc. All rights reserved.
研究社研究社
Copyright (c) 1995-2025 Kenkyusha Co., Ltd. All rights reserved.
日本語WordNet日本語WordNet
日本語ワードネット1.1版 (C) 情報通信研究機構, 2009-2010 License All rights reserved.
WordNet 3.0 Copyright 2006 by Princeton University. All rights reserved. License
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
「斎藤和英大辞典」斎藤秀三郎著、日外アソシエーツ辞書編集部編
EDRDGEDRDG
This page uses the JMdict dictionary files. These files are the property of the Electronic Dictionary Research and Development Group, and are used in conformance with the Group's licence.

©2025 GRAS Group, Inc.RSS