日本海軍の作戦に対する批判
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/31 10:20 UTC 版)
「旅順口攻撃」の記事における「日本海軍の作戦に対する批判」の解説
開戦直後に行われた第一次攻撃について、不徹底であったとの批判がある。 肯定論 軍令部編『極秘明治三十七八年海戦史』 →成功した作戦。 ジュリアン・コーベット『Marintime operations in the Rosso-Japanese War, 1904-1905.』 →目的通り、部分的な制海権を獲得した。 平野龍二「日露開戦劈頭における旅順口攻撃の再評価」 →当面の旅順艦隊の行動を抑制して陸軍の仁川上陸と韓国政治を有利に運び、朝鮮半島が確保された。その後も、制海権を握ることで第一軍主力の上陸や補給の成功に貢献した。 批判論 外山三郎『日露海戦史の研究』→奇襲のチャンスに第二撃が行われず、ロシア主力艦隊に決定的な打撃を与えられなかった。主力部隊が突入すれば全滅に近い戦果が期待できた。 大江志乃夫『世界史としての日露戦争』→思想と闘志に欠けていたため、戦果拡大が行なわれず、3度の閉塞作戦が必要になり、それも失敗した。 相沢淳「『奇襲断行』か『威力偵察』か?-旅順口奇襲作戦をめぐる対立-」2005年(『軍事史学 第号』)→軍令部の作戦方針の「奇襲断行」に反して「威力偵察」に終わり、旅順艦隊を撃ち漏らしたことで陸軍の大規模投入と犠牲が強要された。
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